ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。
〔イラスト カトーコーキ〕
大変身
平凡な 13歳だったぼくがある朝目覚めると、自分以外の全員が虫になっていた。
昨日までふつうの人だった両親と妹も、同じクラスで授業を受けていた同級生たちも、恐ろしい姿をしている。
「どうして突然変わってしまったの?」と不思議がったのは、ぼくよりも周りのほうだ。
「いままでは勉強も運動もよくできていたじゃないか。いったい何があった?」
学校の先生からは、ぼくだけがおかしくなったと思われて、あれこれ原因を探られた。
虫の姿をした両親は、ぼくを虫のための病院やカウンセリングに連れていく。
触覚を揺らす医者の診察を受けたけれど、人間のぼくは、どこへいっても理解されそうになかった。
虫の社会で生きていくためには、これまでと同じではいられない。
ぼくはやむをえず、虫たちだけになった世界で、精一杯生きていくことに決めた。
手足の動かし方も、言葉の話し方も、一から全部学びなおしだ。
ぼくは必死になって虫の世界にとけこみ、身も心も虫になろうとした。
ぼくのいままでの人生は、いったいなんだったんだろう?
虫として暮らす十代の日々は、あっというまに過ぎていく。
虫たちは泣かないから、涙は隠していないといけない。
気が狂いそうになりながらも、クラスメイトの虫たちについていくために、神経をすり減らしながら生き延びた。
ぼくが人間から遠のいていけばいくほど、家族は「良くなった」と言って誉めてくれた。
苦しみながら何年も過ぎていけば、虫として生きることにも慣れていく。
触覚でするあいさつの仕方を覚え、バリバリと草のご飯を食べて、ガサガサと勤勉に動き回った。
ぼくは虫の高校を出て、虫の大学まで卒業し、22歳になった。
働き口も決まって、立派な虫としてやっていけるはずだった。
だけどこの世界は、ぼくを苦しめるために存在しているらしい。
真面目な虫として生きていくはずだったぼくがある朝目覚めると、自分以外の全員が人間になっていた。
世界中の虫たちが突然、人間の姿で、人間の言葉を話し、人間の生活をしている。
虫の言動をするぼくがリビングに出て行くと、人間の家族たちからひどく驚かれた。
母は「わけのわからないことはやめてよ!就職先も決まったところなんだから、しっかりしなさい!」と叱られた。
大事にしてきた妹からは、汚いものでも見るかのようにさげすまれた。
青春時代をかけて、精一杯虫として生きてきたのに、どれもこれも、全部意味がなくなってしまったらしい。
ぼくは自分の部屋に引きこもって過ごし、出勤の日の朝になっても、外に出られなかった。
人間になった妹がドアを叩いて、
「いきなりどうしたっていうの?ちゃんとした人になって、外に出ていかないとダメじゃないの!」と叫んだ。
ぼくは床を這いながら、触覚の動きで頭をかかえる。
外にいる人間の、「もう出かける時間でしょ!」という声はやまない。
だけど、妹よどうかやめてくれ。ぼくはもうとり返しがつかないほど疲れ果ててしまったんだ。
END
———————————————
プロフィール
絵 カトーコーキ
父による心理的虐待、不登校、ウツ、ひきこもり、ニート、震災、原発事故などの経験を活かし、漫画を描き始める。
連載中
『そして父にならない』/マトグロッソ
『山で暮らせばいいじゃない』/本当にあった愉快な話(竹書房)
その他、郡山市コミュニティーFM『今夜もギリギリチョップ』のパーソナリティーとしても活動中。
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。KIKUIYashin Twitter
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは無関係です。
オススメ記事
●カフカの「変身」はひきこもりの物語 〈名作文学〉特集
●「自分は高校で一人も友達ができなかった」 立瀬マサキさん当事者手記