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【1000文字小説】時間密売人 ボクは自分の時間を売ってお金に換えることにした

 いつも喜久井ヤシンさんによる連載で大好評の1000文字小説、今回はぼそっと池井多からお送りします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。 

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Photo by Alexander Schimmeck

文・ぼそっと池井多

 

 

ボクが自分の時間を売ろうと思ったのは、他に売れるものがないからだった。

 

他のひきこもりの人は、古着を売ったり、古本を売ったりして、小遣い稼ぎをしていたけど、ボクは服も本も関心がないから、あまり持っていない。

どこかの外国では、お金に困った人は自分の臓器を売ると聞くけれど、それは真っ平ごめんだった。

 

ひきこもりでも、オンラインゲームやアニメ鑑賞や読書など、やることのある人は、毎日が24時間では足らないくらい忙しいという。

でも、ボクは毎日、部屋の中でやることもなく、時間だけは有り余っていたので、それを売ってお金に換えることにしたんだ。

 

でも、この国には売時禁止法というのがあって、個人の時間を売ることは法律で禁止されている。

だから、売買は闇で行なわなくてはならない。

時間売買取締捜査官(通称ジトリ)があちこちで目を光らせているから、取引は慎重にしなくちゃいけないんだ。

 

Twitterで #時間買います とハッシュタグを立てている密売人にDMで連絡を取ると、取引の場所に指定されたのはショッピングモールの駐車場だった。

言われた場所へ行くと、車が停まっていて、近づくとドアが開いた。乗り込む。

中には、ボクと同じような年恰好の男の子が座っていた。

「どれくらい売れる?」

「一日1時間ぐらいかな」

「いいね。あまり長い時間は買い手がつかない。短すぎても人は買わない。

『もうちょっとだけ時間があれば』

と人は願う。

1時間ぐらいがいちばん売れるよ」

 

ボクの時間は、1時間10,000円で売れた。

しめしめ、と思った。

いつも行くコンビニのガラス壁に貼り紙があるんだ。

ちゃんと見たことはないけど、時給1,000円と書いてあったから、バイト募集だろう。

働いても、そのくらいしかもらえないとしたら、この相場はかなりの儲けものだ。

こんなおいしい話、誰にも知られたくない。

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Photo by PhotoAC

 

でも、おいしい話はすぐに知られていくのが経済ってもんだ。

時間市場にも、すぐに変化の波がやってきた。

これまでは、売り手はせいぜいボクのような少数派のひきこもりとニートぐらいだったのに、異業種からの新規参入というべきか、他の職業から進出する人たちが出てきたらしい。

とくに専業主フたち。昼間のおしゃべりの時間をけずって、売りに出してきた。

またたく間に時間は値崩れを起こし、1時間1,000円まで下落したんだ。

 

 

そこへコロナ禍がやってきた。

会社へ行く必要のなくなった会社員たちが、通勤時間を売りに出すようになった。

そのうえ自宅でリモート・ワークしている最中にも、上司の目がないのを幸いに、能率よく仕事をさっさと片づけて、余った時間を売りに出してきた。

時間は供給過剰でさらに値が下がり、1時間100円まで落ちこんだ。

 

 

これでは缶コーヒー1本買うことはできず、とうてい時間を売って生きていくわけにはいかない。

そのとき、ふといつも行くコンビニの貼り紙に視線を止めた。

 

あなたの時間、1時間1,000円で買います。

相場よりも、かなり高額です。

そのかわり軽作業もしていただきます。

作業内容……レジ、店内の掃除、商品の陳列など

 

改めてちゃんと見てみると、かなりきわどいことまで匂わせてある。

ジトリに嗅ぎつかれたらどうするつもりだ。

 

まあ、いい。

仕方がないから、ボクはとりあえずここで自分の時間を売って、コロナが収束するのを待つことにした。

でも、そのときになってボクは、なぜ他のひきこもりたちが時間を売らないのかがわかった。

 

 

(了)

 

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは無関係です。

<プロフィール>

ぼそっと池井多 東京在住の中高年ひきこもり当事者。23歳よりひきこもり始め、「そとこもり」「うちこもり」など多様な形で断続的にひきこもり続け現在に到る。VOSOT(チームぼそっと)主宰。2020年10月、『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(寿郎社)刊。

 

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