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【1000文字小説】ボクは診断書を書いてもらうため精神科のクリニックを訪れた

 約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。

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Photo by PhotoAC

 

文・ぼそっと池井多

 

精神科医「ハイ、いらっしゃい! いらっしゃい!」

患者「こんにちは」

精神科医「ハイ、お兄さん、いらっしゃい。何にいたしやしょう」

患者「病気を一つ、いただきたいんですが」

精神科医「ハイ! 病気を一つね。何にお使いで?」

患者「ひきこもりなもんですから、お金に困っているので、障害年金を受けようと思うんです」

精神科医「わっかりましたあ。それじゃあ、診断書にお造りすればいいのかな?」

患者「ええ。診断書にするといい病気とかありますか」

精神科医「これなんかどうでしょう、統合失調症

診断書にお造りするにはもってこいの精神疾患ですよ」

患者「うーん、服でも何でも、勧められたものをすぐ買ってくタイプじゃないんで、他にも見たいっすね」

精神科医「じゃあ、これはいかがですか、うつ病

最近は流行が下火になってますが、診断書にするとなかなか美味しいんですよ」

患者「うつ病ねえ。なんか平凡だな。もっと個性を打ち出したいっす。『ボクは特別な人間なんだ』というふうに」

精神科医「個性ですかい。それじゃあ、これなんかどうです、自己愛性パーソナリティ障害。個性を打ち出したい方には "持ってこい" なんですよ」

患者「自己愛性? ボクはあんまり自分が好きじゃないんです」

精神科医「好きじゃない。フム。それじゃあ、回避性パーソナリティ障害なんかどうでしょう。なんでも回避したがる、ひきこもりの方にぴったりで」

患者「うーん、回避したがってるわけでもないんだなあ。外に出ないのは、ただ他人が信用できなくて、後ろ指さされて噂されるのが嫌だからですよ」

精神科医「なるほど。よござんす。それじゃあ、これなんざあ、いかがでしょう。妄想性パーソナリティ障害

他人がみんな、自分の悪口いってるように感じる方なんかにゃあピッタリですぜ」

患者「妄想かあ。なんか違うな。いや、ボクがひきこもってるのは、妄想のせいなんかじゃなくて、社会が悪いからであって……」

精神科医「社会が悪い。それじゃあ、これなんかどうです、反社会性パーソナリティ障害

既存の社会を敵視して、世界なんかブチ壊してやりたいと思ってる方にオススメです」

患者「世界をブチ壊すほどのパワーはないなあ」

精神科医「それじゃあ、もうド直球で発達障害はどうでしょう。近ごろはテレビでも紹介されたとかで、皆さんこれを買っていかれます。流行に遅れないためなら、やっぱり発達障害です」

患者「流行なんか、どうでもいいんです。ひきこもりですから。

たとえば、アダルトチルドレンとか、置いてないすか」

精神科医「アダルトチルドレンねえ。……あれは今、ちょっと切らしちゃってるんですよ。かなり前のものですからね。最近は市場にも入ってきません。

それにあれは、病名じゃないんで、あんまり診断書向きじゃないんです」

患者「べつに病名じゃなくてもいいです」

精神科医「あ、そうですかい。それじゃあ、HSPなんかいかがです?」

患者「何ですか、HSPって。ゲーム機か何かですか」

精神科医「いや、そりゃPSPでしょ。それもかなり昔ですよ。……最近はもっぱらHSPが売れてましてね。何かにつけ敏感な方は、『HSPはいい!』とおっしゃいます。病名じゃありませんが、刺身でもイケるんで、診断書にしても何とか行けるでしょう」

患者「そうですか……、それじゃあ、何だかよくわかんないけど、これ以上迷うのも面倒だから、それ、一つ」

精神科医「ハイ、まいどあり! じゃあ、すぐに三枚におろして診断書にお造りいたしますんで、しばらく待合室でお待ちください。先にお会計で診断料と文書料をお払いください。……。……。」

 

(了)

 

※ この会話はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは無関係です。ここで述べられている各精神疾患の特徴には、医学的・医療的な情報性・信憑性はまったくありませんので、該当する症状をお持ちの方にはまったく参考になりません。また該当する疾患や障害をお持ちの方を軽蔑したり揶揄したり差別するものでは決してありません。作者自身も該当する精神疾患を持つ者です。

 

<プロフィール>

ぼそっと池井多 東京在住の中高年ひきこもり当事者。精神科患者。23歳よりひきこもり始め、「そとこもり」「うちこもり」など多様な形で断続的にひきこもり続け現在に到る。VOSOT(チームぼそっと)主宰。2020年10月、『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(寿郎社)刊。

 

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