今回は、ひきこもり経験者による警句(けいく)集をお届けします。短い言葉で刺激的なイメージを起こす手法は、「アフォリズム」とも言われます。有名な本では、ラ・ロシュフーコーの『箴言集』や、芥川龍之介の『侏儒(しゅじゅ)の言葉』などがあります。独特な一文をお楽しみください。
眠らないウサギたちが先行するレースにあって、なおもカメは走れと言われている。
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形を変えるために、冷えきった鉄を打ちつづけた年月。
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傷の上にあらたな傷ができても、傷が減ったことにはならない。
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自主的な自宅謹慎処分に服す、優しい罪人。
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私は家庭内ホームレスだった。
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雑談とは、うまく他人でいる技術のことだ。
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自制することのできない、孤独依存症。
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教室では、規律正しい不健全さが要求されている。
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学校は教育に悪い。
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ネット上には、ありとあらゆる情報が集積される。しかしどれほど時間がついやされようとも、そこに沈黙は生まれない。
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希望を語る声が多すぎて、彼は難聴になった。
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かつて「気合い」という言葉は、両者の「気」が合致することを言った。沈黙には沈黙の、停滞には停滞の「気合い」がいる。
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私の母語は沈黙。
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無意味という意味に納得させられる場合もある。
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沈黙のうまい人の横で脚光を浴びる、おしゃべりの下手な人。
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私も人並みに人並みでありたかった。
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大勢の人間から愛されている、ヒトアレルギーの犬。
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子供であれなかった者に向かってなされる、大人になれという不当な要求。
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子供という仕事には、過労死の事例が多すぎる。
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過度に良心的な支援者が語る言葉は、言葉でありすぎる。
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時計……もっとも多くの人間を殺してきた二本の針。
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呆然と過ごす毎日――長針と短針の大車輪。
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四十代……若者からすればなんという老い。老人からすればなんという若さ。
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一人の身の内で、老人と幼児のキマイラがうごめいている。
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子供未遂者であったがために、彼は誰よりも年老いた。
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母体がくしゃみをして、別人になった胎児の一生。
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親不孝者の子供より、子不孝者の親が多い。
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将来への尊大な夢……どうか一般人になれますように。
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親は教育費を重々しく捧げる。子供は生命を軽々しく捧げる。
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学生時代は、若さの一つでもなければやってられない。
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誰もが一度は大人に見せてきたであろう、子供時代の子供気(こどもげ)ない態度。
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「時が流れる」、という表現では足りない。時は落ちる。
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年月よりも長い、孤独な十年。
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一命をとりとめるように、自分をとりとめる。
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ある人間の一生を表す言葉――「いいえ」。
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病気よりも手に負えない医者がいる。
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一貫性のある首尾不一貫性を生きられたとき、人からふつうだとみなされるようになった。
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人生のあらまし……年をとり、それから年をとり、そして年をとる。
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人生の三要素……苦しみ。苦しみ。苦しみ。
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人よりも明確なイエスとノーが大量にあったがために、優柔不断とみなされる人。
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笑うことは人間的だが、笑えるときにあえて笑わないことも人間的だ。
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諷刺……善人にしかできない悪事。
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言葉どころではないときにこそ、文学の真骨頂が発揮される。
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悲鳴――言語の破裂。
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ユーモア……健康の過剰。
イロニー……頑丈な不健康。
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長編文学は、心の重い扉をゆっくりと押し開く。アフォリズムは、その扉を針で刺し貫(つらぬ)く。
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文 キクイ ヤシン
1987年生まれ。詩人。Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui
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