ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

【書評】岡本圭太著『ひきこもり時給2000円』 「親」への感謝を述べた異例の当事者手記

岡本圭太著『ひきこもり時給2000円』
彩流社 2023年12月12日

 

2023年、全国の最低賃金の平均が、1000円をこえた。
アルバイトをすれば、だいたいの地域で、1000円くらいには、なるわけだ。
一方で、ひきこもっていると、お金には、ならない。
それは、あたりまえだし、やむをえない。
では、本書のタイトル 『ひきこもり時給2000円』は、いったいどういう意味か。

 

著者は、二十代半ばの頃に、ひきこもっていた。
それでもある時、決死の思いで、働きに出た。
すると、仕事の容易さに、ひょうしぬけした、という。
「あ、なんだ。これぐらいでもどうにかやっていけるのか」、と知り、「社会に出る方が、ひきこもっているより遥かに楽」だった、という。
家で苦しい思いをしているときの辛さは、仕事の辛さの、何倍にもなった。
もしも、辛さを時給に換算するなら、最低でも、「時給2000円」くらいにはなるだろう――。
そんな感想が、タイトルの元になっている。


本書は、ひきこもり支援を行ってきた著者が、これまでに書いてきたエッセイを、まとめた一冊だ。
書かれた時期が、20代から40代までと、幅広い。
古いものでは、2002年の文章がある。
(もう入手できない雑誌『クラヴェリナ』や、『フォンテ』という名称だった時期の『不登校新聞』の、掲載記事が収録されている。単行本化されることは、「ひきこもり」の記録として、けっこう貴重だ。)

 

約270ページあるが、ラフな書きぶりなので、読みやすい。
肩ひじ張らず、日記のように、あれこれの出来事がつづられている。
「ひきこもり徒然草(つれづれぐさ)」、とでもいおうか。
外出時の緊張や、同性代への劣等感。
また、恋愛やセックスの悩みについても、ふれられている。
「ひきこもり」の内面に、共感できる当事者が、多いはずだ。

たとえば、家にいるとき、親とは絶対に、顔を合わせたくない。
そのため、一日中、息を殺して過ごす。
食事をどうするか、といえば、『夜中に冷蔵庫を急襲して、冷えた食材を静かに食べる』、という。
「台所に行って」、ではない。
「冷蔵庫を急襲して」、というあたりに、天然の当事者手記ならではの、切れ味がある。

 

特筆すべきは、親への感謝が、述べられているところだ。
人間関係を築き、生活を送るなかで、「親に助けられた」、と言っている。
親への感謝をつづるのは、ノンフィクションの分野では、よくあることだ。
しかし、「ひきこもり」の当事者手記では、異例といっていい。
「ひきこもり」で親子関係、といえば、まずこじれており、親は、「毒親」として描かれがちだ。
(当サイト『ひきポス』でも、なみなみならぬ怨恨が、つづられてきた。)
なにげに、「ひきこもり」の当事者手記における、世にも稀な特異点ではないか、と思う。

 

著者は、無職で苦しんだ20代を経て、30歳で就職。
支援団体の職員や、若者向けの就労相談所で、精力的に働いてきた。
そうして、順風満帆な人生を送っている――かというと、そのようには、展開しない。
心身の不調が起こり、現在は休職している、という。

著者は、こう語る。
『「ひきこもりから抜け出たからそれで終わり」ではない。「働き始めたからあとは安泰」と約束されているわけでもない。失望させてしまうようかもしれないが、でもそれは厳然たる事実だ。』
働いたからといって、「ひきこもり」は、終わらない。
著者は、本書が「ひきこもり」の「解決策」を提供するわけではないことも、詫びている。

たしかに、わかりやすいマニュアルや、ハッピーエンドの物語、ではない。
しかし、読者を「失望」させることは、ないだろう。
むしろ、現実を見据えて、あるがままを描いた姿勢に、本書の記述を信用させるだけの、誠意を受けとる、といっていい。

(文 喜久井伸哉)

 

---------------

題名 ひきこもり時給2000円
著者 岡本圭太 
出版年月日 2023/12/12
書店発売日 2023/12/14
ISBN 9784779129322
判型・ページ数 4-6 ・ 272ページ
定価 2,530円(税込)

 著者プロフィール ※彩流社WEBサイトより抜粋
 岡本圭太(おかもと・けいた) 
1974年生まれ。大学での就職活動の失敗をきっかけに、25歳までの約3年間、社会から距離を置いた生活を送る。20代後半は病院のデイケアや、ひきこもり当事者・経験者が参加する自助グループ等に参加し、少しずつ社会参加の経験を重ねる。30歳で就職。支援団体職員、若者向けの就労相談施設で相談員の職に就きながら、各地の行政機関や親の会、学校等でひきこもりに関する講演をおこなう。社会福祉士、精神保健福祉士。

---------------
喜久井伸哉(きくいしんや)
1987年生まれ。詩人・フリーライター。 ブログ
https://kikui-y.hatenablog.com/entry/2022/09/27/170000