前回のおはなし
不登校、ひきこもり期間を経て就労支援施設にたどり着いた、のり子さん。
最終回は現在のお仕事である農業と、副代表をされている札幌ひきこもり女子会の活動について伺いました。
目次
畑で働いていると心まで開放的になる
ぼそっと 就労支援施設に通うことでひきこもり状態から出た感じになったのか、それともそれを契機に社会活動を始められたのでしょうか。
のり子 なぜか通い始めたら、すっとひきこもりから脱却できたんです。利用者やスタッフなど周りの人たちにすごく助けられましたね。通っている間に、立て続けに母と弟が亡くなったので、再びひきこもらずにいられたのはその環境のおかげです。そこがなかったらと思うと、今どうなっていたかなと考えることも多いです。
障害や病気など様々な困難を抱えた仲間にも出会えて、本当に感謝しています。4年間通って、いろいろなプログラムを受けたり、スタッフとの面談を重ねて、2019年の7月に卒業をしました。今は農業をやっています。
ぼそっと 農業をやることになったきっかけは何でしたか。
のり子 以前通所していた就労支援施設のグループホームの大家さんが農家だった関係で、農作業のプログラムを体験したことがきっかけになりました。
自分の庭の畑を手伝うことはあったのですが、仕事としてやるのははじめてでした。すごく疲れるけれど、達成感があるし、自分の育てたものを食べる喜びを感じました。それに農作業をしていると、コミュニケーションが自然に発生するんです。
みんなで土に触れたり、雑草取りや収穫をしていく中で交わされる会話や、培われる関係性がとても心地よかったんですよね。
尾崎 私も農業にはなにかと縁があり、ひきこもっていた時に知人の畑を手伝うなどして外出の機会を作っていました。その後、通った就労移行支援施設に農作業のプログラムがあって、施設に通う利用者同士で、どんな作物を作るのか計画を立てたり、秋には収穫をしてみんなで食べるイベントを開催していました。デスクワークとはまったく違う心地よさがあるんですよね。ちゃんと、大地とつながっている感覚を身体で感じるというか。
のり子 あの心地よさは不思議ですよね。私はもともと体力がなかったので、とくに農業に向いていた方とは思えないのですが、今ではデスクワークに戻ることは考えられないほど農業にはまってしまいました。畑でみんなと一緒に働いていると、心まで開放的になるのか、他の職場では考えられないような会話が生まれたりしますよね。「そこまで話す!?」というような(笑)。
尾崎 より人の素の部分が見えて、フラットな関係性が築ける気がしますよね。スポーツをしていると、相手の知らなかった側面が見えたりしますが、その感覚と似ているかもしれません。
のり子 体を動かすので、スポーツと共通点はありそうですね。それと私の場合、仕事をしている農場が地元にあるので、昔から慣れ親しんだ土地で働いている喜びもありますね。
尾崎 なるほど。「生まれ育った土地とつながっている」と感じられる働き方を、のり子さんはしているのですね。
農業は今まで学んできたデザインとは違う業界ですが、仕事にするのをためらいはしなかったのでしょうか。
のり子 私は体力がなかったので、以前は農業を仕事にするなんて絶対に無理だと考えていました。パソコンの資格でも取ってデスクワークの仕事を探そうか、と思っていたのです。
でも、それでは短大の頃のような不健康な状態に逆戻りしてしまうかも、という考えが頭をよぎりました。それなら、農業に手応えを感じていたし、なにより楽しいから、「これを仕事にできないかな」と思ってチャレンジし始めたのです。
以前は札幌市で働く場所を探していましたが、地元の石狩市を調べてみたら、灯台下暗しで私にぴったりの就労支援B型の農場を見つけました。すぐに見学や体験利用を申し込んで働き始めることになり、現在に至ります。
尾崎 楽しいと感じることを仕事にできたのはよかったですね。「絶対に無理だ」と考えていたことに挑戦するのは、勇気がいったのではないでしょうか。なぜ「やってみよう」と思えたのでしょう。
のり子 なぜかそのとき「自分にはやれる!」と感じてしまったんです。小さい頃、水泳やミニバスケットボールをやっていたので、体を動かすことが嫌いではありませんでした。ものすごく痩せていたので、体力的な課題をいつか克服しなければならないと考えていたことも動機の一つになりました。
尾崎 実際に働き始めてからは、どうでしたか。体力的な不安は克服できたのでしょうか。
のり子 最初は本当に大変でした。農業を甘く見ていたわけではないのですが、一番体力を使う夏に入ったということもあり、午前中だけで音を上げていました。職員と相談して、午前午後のどちらかを室内の作業にしてもらいました。
でも、それでは少し物足りなく感じたんです。そこで、また徐々に外に出る時間を増やしていったら、気づけば毎日一日中外に出て働いていました。汗を流すことが性に合っているのかもしれません。今でも体力的な不安は完全に克服できたわけではありませんが、忙しい時期に向けて筋力トレーニングをしたり、自分なりに努力しています。
ぼそっと 東京の方で、ひきこもりが社会復帰するとなると、そこで言う社会というのは、会社に勤めるイメージになってしまう。だから、そういうことに限らず全国に目を向けてみると、農業だったりいろんな形があるんですよね。
のり子 ただ単に、障害者枠や一般の枠でもそうですけど、どこかに勤めることがゴールではない気がします。私の場合はたまたま農業だったんです。
ぼそっと 具体的に作物としては、何を作られているんですか。
のり子 私はナスを担当していました。一つのビニールハウスで、千両ナス、縞ナス、米ナスという大きなナス、イタリアナスという変わったものまで、いろいろと作っていました。農薬を使わないで作物を育てているので、昨年はアブラムシが大量発生して大変だったのですが、なんとか収穫できました。
農業を始めてみてびっくりしたのですが、野菜にはじつにいろいろな食べ方があるんです。たとえば、ニンジンの葉っぱをパセリみたいにして食べる人もいます。この農場に入って最初の頃は、職場の直売所で接客していたのですが、お客さんの方が野菜に詳しいこともよくありました。今は負けないようになるべく勉強しています。
私自身のために女子会を続けていきたい
尾崎 のり子さんは農業に携わる一方、「札幌ひきこもり女子会」という当事者会の副代表でもありますね。この会はどんな経緯で立ち上がったのでしょうか。
のり子 ひきこもりから抜け出したあと、いつか自分の経験を誰かのために役立てたいと思うようになったんですよね。最初は通所していた就労支援施設の賛助会員になることを考えていました。
そんな中で2018年の夏に、ひきこもりUX会議のイベントが札幌であり、そこで今の札幌ひきこもり女子会代表のゆりと出会いました。ゆりが「札幌でひきこもり女子会をやってみたいんだ」とみんなの前で話して、それから私たちの計画が始まりました。
最初はイベント参加者の有志で話し合っていましたが、人それぞれに事情があり、最終的に代表と副代表の私との2人になりました。「やってみよう!」と勢いで集まっても、同じメンバーで続けていくのは難しいと思いました。
尾崎 私も女子会の運営に携わっていましたが、環境の変化もある中で運営側として関わり続けるのは難しいですよね。のり子さんが働き始めてからも活動を継続しているのは、やはり自分の経験を役立てたいという気持ちが変わらずにあるからなのでしょうか。
のり子 そういう気持ちもありますが、それだけだとなんだかおこがましい気がしています。一言でいうといわゆる「上から目線」といいますか…。
最近は、女子会を続けていくことが回り回って自分のためになるのではないか、と考えています。断続的にひきこもっていたので、ひきこもりというのは私の中で大きな問題なのですが、それに今後も向き合っていく私自身のためにも続けていきたいと思っているのかもしれません。それが結果的に、他の誰かのためにもなればいいと。
尾崎 とても大切な視点だと思います。何かをしてあげる、してもらうというような関係性だと、お互いに苦しくなってしまいますし、自分の考えを押し付けてしまいかねないですよね。自分のためだと思えるものがそこにないと、続けるのも難しくなってしまいますし。
代表のゆりさんと、副代表ののり子さん、お二人で運営をされている札幌ひきこもり女子会ですが、活動の前に新聞のインタビューを受けたんですよね。
のり子 そうなんです。本格的に札幌ひきこもり女子会の活動をする前に、北海道新聞のインタビューを受けました。ただの地方の小さな記事だったのですが、Yahooニュースの総合アクセスランキング1位になってしまって驚きました。
北海道のレターポストフレンド(*1)さんはずっと活動を続けてきましたけど、女性だけで集まる会はあまりなかったのかもしれません。
ただ、実はひきこもり状態にある女性は、想像するよりもはるかに多いんじゃないかなと思います。これは、需要もあるし関心が高いことなんだと改めて感じた出来事でした。
*1. レターポストフレンド
NPO法人レター・ポスト・フレンド相談ネットワークのこと。1999年、ひきこもり当事者たちへ手紙や電子メールなど無理のないピア・サポート活動をすすめる任意団体として北海道・札幌市に発足。当事者が編集する会報「ひきこもり」通信を発行、当事者会「SANGOの会」や札幌市が設置した居場所「よりどころ」を運営。現在では、旭川・小樽・苫小牧など北海道内の他の都市にもサテライト事業を展開している。
問い合わせ先:https://letter-post.com/
ぼそっと 代表のゆりさんは、ひきこもり女子として旺盛に発信していらっしゃるんですか。
のり子 そうですね。代表はイベント告知などの他、物品の購入や会計など事務的なことのほとんどをやってくれています。
私は最初、自分を運営スタッフの1人として捉えていて、「ボランティアみたいなものです」とずっと言っていたんです。でも、代表がある日「あなたは副代表でいいんじゃないですか」と言って、私に副代表としての名刺を作ってくれました。
その中で、「副代表として何ができるんだろう」と悩んだ時期もあります。でも、「自分の考えていることを情報発信していきたいんですよね」と話したら、代表に「やってみたらいいんじゃない」と言ってもらい、去年の8月にnoteとツイッターを同時に始めました。
ぼそっと 女子会に参加される方は、毎回どれくらいですか。
のり子 主催者を除くと、だいたい5名から10名ぐらいでしょうか。2回以上来てくださった方はそれに比べると少ないくらいです。1回来て満足、それで通常の生活に戻る方もいるかもしれませんが、個人的には参加者の方々が定着していただけるとうれしいです。開催されていることが当たり前というか、「いつもやっているから、いつでも来てね」というスタンスでいたいので、細く長く続けていきたいです。
尾崎 東京の女子会ですと、テーマごとに少人数のグループに分かれトークをしています。札幌ひきこもり女子会では、どんなことを行っているのでしょうか。
のり子 基本的にグループには分かれず、カードゲームで緊張をほぐしたり、趣味の話や好きなテレビ番組など、その時々に設けたテーマでトークをすることが多いです。人数的にグループに分かれるのが難しいので、試行錯誤しながらやっています。講師の方を招いてリンパストレッチの講座も開きました。こういった体験的なイベントの開催も模索しています。
ぼそっと 開催はどれぐらいの頻度ですか。
のり子 最初の頃は1ヶ月に1回開催していました。地震やコロナウィルスの影響があって、通常の会場を借りての開催はまだ5、6回しかやっていないんです。オンラインの会を1回やったのが去年の8月ですね。
電車やバスを使って遠くから来てくださる方が結構いらっしゃるんですよ。そういう人とお会いすると、すごく嬉しいです。関東や関西のような人口の多いところだと、いつもイベントをやっていて、たくさんの人が来ているのが普通だろうし、一度逃してもまたどこかで会がやっているだろうという考えもあると思うんです。でも、北海道の場合私が把握してるのは、自分たちの女子会と、関わりのある病院のデイケア、レターポストフレンドさんと、親の会ぐらいなので、事情が違うんですよね。
ぼそっと 東京の方は、本当にあちこちにひきこもりの居場所があります。北海道の札幌は大都市ではあるけれども、まだ居場所関係に限って言えば数は多くないし、そこに通うための距離も長いですよね。
のり子 そうですね。だから何時間もかけてJRに乗ってきたとか、高速バスに乗ってきたと聞くと、嬉しい反面どうにかしなくちゃという思いもあります。やっぱり、そういう人たちが気軽に来れる場所となると、私たちが遠くに出向くことになるかなと。あと、告知も考えなきゃいけないなと思いますね。
遠方から差し入れを持ってきてくれる方がいらっしゃったりすると、レターポストフレンドさんがやっているような札幌以外の都市、小樽だとか、苫小牧、他の都市に行ってやりたいなっていう思いもありますね。
私は、ひきこもり女子会は別の場所にもあっていいと思うんです。たとえば、函館ひきこもり女子会とか、釧路ひきこもり女子会とか。参加者を集める難しさはあるだろうけど、もし実際に女子会ができたら、横のつながりが生まれるかもしれませんし。
ぼそっと コロナが始まる前までは、札幌ひきこもり女子会の会場はどこにあったのですか。
のり子 おもに札幌駅の目の前にある、エルプラザという会場でやっていました。最初は会場を借りるのが大変でした。
ぼそっと 私も東京でやっているのですが、行政はそのあたりを確保してくれるとありがたいですよね。
のり子 そうですね。この状況になってからはZoomで打ち合わせをしたり、オンラインでの開催をしていますが、なかなか難しいところがあります。対面でお会いすると、なにか察するんですよね。空気を読むという言い方をしますけど、それができないのがもどかしいです。
でもチャットだから話せるとか、顔が出ないからその場にいるのが楽な方もいると思うので、対面とオンラインを交互に開催するようなやり方が今後はいいかなと思っています。
尾崎 コロナ禍になってからオンラインの需要があったのは、新しい発見でしたね。もちろん、オンラインが苦手な当事者もいるので、良いことばかりとは言えないのですが。対面開催のときは、まず会場まで行くのが大きなハードルだったので、今まで参加できなかった層が参加できるようになったのはよかったと思います。
遠方から参加される方もいらっしゃるとのことでしたが、札幌だけでなく北海道内の様々な地域に当事者の方はきっといますよね。
のり子 そうですね。表に出ていないだけで、たくさんいらっしゃると思います。今回取材を受けるにあたって、北海道にどれぐらいひきこもりの方がいるのか調べたんですけど、はっきりした数字は出てこないし、曖昧に出てくる数字はあったものの、私はそれを信用できませんでした。情報を受け取れない人に女子会の開催を知ってもらうことが、すごく重要じゃないかと思っています。
ぼそっと 私もまったく同感です。私は東京郊外で当事者会を開催していて、インターネットを見ない人たち向けに、手刷りのビラを作ってスーパーなどに置いてもらっているのですが、結局自分の家の周りぐらいにしか置けないわけですよね。インターネットを使わない当事者層にどう告知するかという問題があります。
のり子 私たちの会は毎回アンケートを取っているのですが、ほとんどの方がツイッター経由で来ているんですよね。チラシを見てくれた人は、ほとんどいなかったような気がします。
北海道新聞などの地元のメジャーなメディアによる浸透力は強くて、そこに小さい記事が出ると来てくださる方はよくいます。でも、新聞を読まない人もいますからね。インターネットが苦手だとか、接続できる環境がない人に対してどうアプローチしていくかが重要な気がしますね。
札幌で居場所を続けていく難しさを痛感していて、「レターポストフレンドさんは20年以上も続けていてすごいな。やはり続けていくことが大事なのだろうな」と思っています。
これから自分の職場が変わったり、なにが起こるのか分かりません。その時にこの活動を続けていけるのか、と考えます。誰かと一緒だったら、他の人の助けを借りたら、きっとうまくやっていけるかなと思っています。1人では絶対ムリでしょう。
女子会で農作業体験をやるのが今の夢
尾崎 札幌ひきこもり女子会で、今後やってみたいことはありますか。
のり子 女子会のイベントとして、農作業体験をやるのが今の夢なんです。私、この仕事を始めてすごく健康になったと言われるんですよ。農作業をした後の疲れ方と、頭を使う作業をした後の疲れ方では全然違うんです。これは、ひきこもり女子会のイベントとして面白いのではないかと思って。コロナ下では難しいと思うのですが、私がいる職場でなんらかの農作業体験や、収穫体験をやってみたいなと思っています。
尾崎 楽しそうですね。農業というと当事者の中には良いイメージを持たない方もいると思うのですが、身体で自然を感じる心地よさや、自分で作ったものを食べる喜びは他では代え難いものがあります。ひきこもっていると、どうしても過去の後悔や未来への不安が渦巻いて塞ぎこんでしまうのですが、目の前の作業に没頭するとそれを忘れられる瞬間があるんです。農作業イベントを通して、そんな体験をしてもらえるといいなと思いますね。
のり子 本格的に農業に携わるというつもりなどなくても、まず軽い気持ちでやってみてほしいですね。私自身も女子会で農作業をやるためには、現状を維持して知識を身に着け、スキルアップしなければと思っています。
農業って、もちろん体力も使いますけど、栽培の計画性や農薬など専門的な知識が必要ですごく奥が深いんです。無農薬で作っているので作業自体も大変ですが、覚えることも膨大にあります。それは一回で身につくものではなくて「一年経って、また一年経って、それでもダメだった。でも来年は、いいものができるかもしれない」という積み重ねなのです。それだけにやりがいもあります。
私は本当に辛かったので、もうひきこもりになるのは嫌だと思っているんです。だから、仲間の力を借りてもう二度とひきこもらない覚悟で人生を生きていきたいです。
(完)
<プロフィール>
のり子 北海道石狩市出身のひきこもり経験者。札幌ひきこもり女子会副代表。
note : https://note.com/n_hikijo_n
Twitter : https://twitter.com/n_hikijo
尾崎すずほ 東京出身の元ひきこもり。冊子版7号~9号/ WEB版【ひきこもりと地方】インタビュー記事を執筆。
ぼそっと池井多 東京在住の中高年ひきこもり当事者。23歳よりひきこもり始め、「そとこもり」「うちこもり」など多様な形で断続的にひきこもり続け現在に到る。VOSOT(チームぼそっと)主宰。2020年10月、『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(寿郎社)刊。
関連記事