前回のおはなし
「人への恐怖心があり、アルバイトをしてないときは家にいるので、今もひきこもりだと考えている」
そう語るともやんさんが、今年1月に郡山市スモールスタート支援事業の後押しを得て「大人のひきこもりの話を聞く日 中高年・長期ひきこもりについて考える」と題したイベントを開催し、大きな評価を得ました。企画や開催の経験がゼロであったひきこもり当事者として、このイベントを開催するまでについてお話を伺いました。
目次
- 前回のおはなし
- 「失敗してもいい」
- 寛容な人たちとのつながりを活かして
- 「大変だけど嫌じゃない」
- 地方の中高年ひきこもり
- 親御さんからの不穏な質問
- メディアが取り上げないと存在しないことになる
- ひきこもっていた経験をただのマイナスにしたくない
- 芸術や遊びなくして自分らしく生きることはない
- 過去を隠さず、引け目を感じないで生きていけたら
「失敗してもいい」
尾崎 今年の1月、郡山市で「大人のひきこもりの話を聞く日 中高年・長期ひきこもりについて考える」と題したイベントが行われました。地元やメディアからも注目を集めたと聞いています。これを企画したのがともやんさんですね。行政の後押しを得て、このイベントを開催したと伺ったのですが、郡山市スモールスタート支援事業とは、どのようなものなのでしょうか。
ともやん スモールスタート支援事業とは、郡山市やその周辺地域の個人・団体を対象とした、小さいことから何か事業を始めたい人を応援するプロジェクトです。
知人であり、NPO法人コースター理事の岩崎さんという方が、市からこの事業の委託を受け説明会を県内各地で行っていました。会場整備などの手伝いを頼まれてこのプロジェクトを知り、何度か説明を聞いてるうちに「僕にもできるのではないか」と思ったんです。
どうせやるならば、自分の好きなことやバックグラウンドがあるものがいいだろうと思い、カフェ×ひきこもり×古民家利用のイベントを企画しました。無事に審査を通り予算もつき、トーク・セッションのゲストとして、ぼそっと池井多さんをお呼びしました。
尾崎 ともやんさんの好きなものや背景を、組み合わせた企画だったのですね。イベントを企画すること自体、勇気のある挑戦だったのではないかと思うのですが。ともやんさんはそれまでに、イベントや当事者会の主催をした経験があったのでしょうか。
ともやん イベントや当事者会主催の経験はありません。なので、当日までずっと不安でした。「人は集まるのかな」「うまく話せるかな」「やったはいいけれど、思い通りにいくかな」など不安は挙げればきりがありません。
尾崎 ひきこもりの当事者会を開催するにしても同じような不安はありますが、ともやんさんの場合は一般のお客さんを入れてのイベントですもんね。お知り合いの方が、このプロジェクトに関わっていたそうですが、どうやって知り合われたのでしょうか。
ともやん 僕はカメラが趣味で、撮影したものをはがきやTシャツにする、ものづくりの活動をしていたんです。そのとき、インターネットを通じて仲良くなった人から紹介してもらいました。岩崎さんは、地域活性化を目指すコミュニティBOXぴーなっつ(*1) という団体の代表をしていて。たまに、みんなで晩御飯を食べるイベントを開催したり、人が集うコミュニティを作っていました。そこには学生の方や普通に働いている方もいれば、「働くって何だろう」と、悩んでいる方も来ていたんです。
*1:コミュニティBOXぴーなっつ リニューアルされ、現在はNPO法人コースター。当時の代表であった岩崎さんは、同法人の理事として在籍している。
尾崎 学校でもない、会社でもない、サードプレイスのような居場所ですね。そういう場所って大切ですよね。
ともやん そうですね。人見知りで緊張しやすい僕が、知らない人ばかりの場所によく行けたなと思うのですが、家以外に居場所がほしい気持ちがありましたし、その場所に集まる人たちの多様性に安心感がありました。
尾崎 ともやんさんが「居場所がほしい」と思いながら行動してきたことが、様々な縁をつないでいったのですね。
プロジェクトの説明会を手伝ううちに「僕にもできるのではないか」と思われたそうですが、どのあたりでそう思われましたか。
ともやん 郡山市のプロジェクトと聞いたときは、立派なものを想像していたんです。でも、岩崎さんが説明会で「企画は小さなことでいい、自分の経験したことでもいい、失敗してもいいんだ」と、話していて。補助金やアドバイスをしてくれる人がつくのも安心材料でしたが、自分のやれる範囲でのイベントでいいというのが「できるのではないか」と思えた理由です。
尾崎 「立派なプロジェクトにしなければ」と思ったら、「絶対に失敗できない、成功させなくては」とプレッシャーがかかってしまいますよね。「失敗しても大丈夫」と言ってもらえたら、安心感を持って挑戦できますね。
寛容な人たちとのつながりを活かして
尾崎 カフェ×ひきこもり×古民家利用という企画にしたのは、どういった背景があったのでしょうか。
ともやん 新宿のロフトでやるような、ちょっとアングラな雰囲気を福島でやってみたくて。中高年ひきこもりというテーマに、カフェブースなどを設けてマルシェにしてみました。
尾崎 ひきこもり関連のイベントでカフェブースを設けてマルシェにするというのは、面白い発想ですね。ともやんさんの企画力が素晴らしいです。専門家ではなく、ひきこもり当事者であるぼそっとさんを呼ぶというのも、当事者目線で良いですよね。
ともやん 僕は、こういったことが好きなんです。カフェが好きで、自分でも何かやりたいなと思い、1DAYCafeをやったこともあります。よく行ってたお店の方が、一人でマルシェイベントを実行したのも見ていたし、僕もカフェ関連のイベントで知り合いができたので、このつながりを活かしたいなと日々思っていました。
尾崎 カフェブースには地域の方が出店してくださったそうですが、そういう方々は以前からともやんさんがひきこもりであることを知っていたのでしょうか。
ともやん 改まって「ひきこもりです」と話をしたことはありませんが、雑談をするうちに、お互いの状況がなんとなく伝わっていくことってありますよね。僕たちもそんな関係性でした。友人からの紹介や、ダイバーシティ関連のイベントやコミュニティ、地域の若者支援をしている場所などで知り合ったのですが、彼ら自身にひきこもり経験がなくても、ひきこもりに理解があるんですよ。
僕自身、自分の過去やひきこもり経験を隠したままだと、無理して接している感じがして付き合いが続かないんです。でも、僕の周りにいる人は、多様性や普通とは違う生き方について興味があったり、寛容な人が多いんです。あのイベントに関わってくれたのは、そういう考えの方ばかりですね。
尾崎 そういう方の存在って助かりますよね。ひきこもり経験のある人たちの場所や友達も大事だけど、そこ以外でも話ができるというのは貴重だと思います。自分の経験を話した時に、頭ごなしに批判をしたり驚いたりするのではなくて、「あぁ、そうなんだ」って、ただ受け入れてもらえるだけでありがたいですよね。
「大変だけど嫌じゃない」
尾崎 イベントの準備で大変だったことはありますか。
ともやん まずは会場探しですね。僕は古い建物が好きで、ドライブや市街を散策しているときに、趣があるけれどあまり使われていない建物が気になっていたんです。あまり有効活用されていなくても、素敵な場所があれば地域活性化になるのではないかと思って。でも、古民家利用は実際に探す段階では建物がなくなっていたり、かなりの労力をかけて整備しないとイベントには使えないという事情があったので、諦めました。
尾崎 当初は、このイベントを古民家で開催する計画だったのが、難しくなってしまったのですね。その後はどうなったのでしょうか。
ともやん その後に考えたのは、地元の酒造の元倉庫で、今はイベントスペースとして貸し出しをしている場所でした。そこは雰囲気もあり素敵な所だったのですが、イベントを開催する福島の1月を考えると、防寒という意味でかなり厳しいのではないかと心配になり、念のために諦めました。結果的に、このときは雪が降らない珍しい冬だったので、ここでも開催できたんですけどね。
尾崎 当初の計画だった古民家に、酒蔵の元倉庫。どちらも福島の地域性が出たいいアイデアなので、会場として使えなかったのは残念でしたね。酒蔵の元倉庫の写真を見せていただきましたが、イベントのできるスペースと、バーカウンターや酒樽を使ったテーブルのあるスペースが併設されていて、とてもいい雰囲気でした。
イベントの企画では、まず会場のイメージが頭の中で膨らみますよね。それが、ダメだとなったときに、気持ちの切り替えが難しかったり、焦ってしまうこともあったのではないかと思うのですが、どうでしたか。
ともやん 会場は他にも候補があったのですが、雰囲気を重視したかったので、古民家や酒蔵を諦めたときには落ち込みましたし、企画から行動に移すとスムーズにいかず、難しいなと思いました。ただ、それよりも本番をどうしようかなとか、出店する方への声かけがうまくいくかな、という不安の方が大きかったです。
尾崎 今回、実際に使用した会場は初めから候補の一つだったのでしょうか。
ともやん そうですね。先ほどお話ししたNPO法人コースター(*2)が、イベントに貸し出せるスペースを持っていたので、そちらを借りて最終的に会場は確保できました。
*2:イベント会場になったNPO法人コースターのHP
http://costar-npo.org/
尾崎 実際会場になった場所は、木の温もりがあって素敵な場所ですよね。ひきこもり関連のイベント会場は、費用をかけられないので公共施設を借りるのですが、そうするとどうしても無機質な雰囲気になりがちなんですよ。窓のない会議室のような場所だったりして。
ともやん そうなんですよね。そういう場所ではやりたくなかったんですよ。
尾崎 企画を進めていく中で、周囲に相談できる方はいらっしゃったんですか。
ともやん 全部自分で抱え込まなくてもいいように、プロジェクトの伴走者として岩崎さんがいましたし、他に相談できる人もいて助かりました。チラシのデザインは、岩崎さんを紹介してくれた友人が作ったんです。友人はフリーのデザイナーをしていて、仕事としてお願いすれば、僕も友人も都合が良いので依頼しました。
出店してほしい方に声をかけたり、チラシを依頼してそれを配ったり。段取りを決めながら日々を過ごしていて、常に気忙しかったです。でも、自分のやりたいことでしたし、「大変だけど嫌じゃない」そんな感覚でした。
地方の中高年ひきこもり
尾崎 ひきこもりをテーマにしたイベントというと、ゲストに専門家を呼ぶケースもありますが、なぜひきこもり当事者である、ぼそっと池井多さんを呼ぼうと思われたのでしょうか。
ともやん どこかの先生を呼ぶのは、地域の支援団体のイベントでもやっているし、個人でやるからには他にはないタイプのイベントにしたかったんです。ぼそっとさんをお呼びしたのは、昨年NHKのひきこもり番組に出演していたのを見たからです。
ひきこもりの特集自体はたまにありますが、中高年にスポットを当てたものがめったになくて。ぼそっとさんが出演された他の番組でも、お話しを聞きながら「〇〇すべき」「〇〇であるべき」という強迫観念から抜け出して、「もっと自由でいい」「安心してもいい」と思えたんです。
尾崎 私もひきこもっていた頃は、「〇〇すべき」「〇〇であるべき」という考え方の癖がありましたね。他にも「0か100か」「白黒はっきりしなければならない」というような、極端な考え方で自分を追いつめて、身動きがとれなくなっていました。
ともやん その考え方の癖に気付けたときはまだいいのですが、気付かないときはそれに囚われて、どんどんしんどくなってしまいます。
尾崎 イベントのテーマでは、ひきこもりの中でも「中高年・長期ひきこもり」に焦点を当てていますよね。
ともやん 中高年ひきこもりというテーマは、地方でタブー視されているような印象があるんです。でも、現実として存在しているし、僕自身が当事者として過去をどうやって捉えていいのか、いまだに掴みかねていること。そして、その地続きにある、これからの人生を肯定したいことなど、様々な思いがありました。
尾崎 中高年ひきこもりというテーマは、地方でタブー視されているのですか。そう感じたエピソードは何かありますか。
ともやん それはないですね。何かを起こして反発を買ったようなエピソードはないし、地方で中高年ひきこもりは注目されないんです。焦点が当たったところで未来に希望がないというのもあるんですが、そもそも焦点が当たらないですから。
尾崎 中高年ひきこもりというテーマで、首都圏と地方はここが違うのではないかと思う部分はありますか。
ともやん 地方は、より保守的なのかなと思っています。中高年ひきこもりを取り上げたNHKの番組も東京発信ですし。地方の中高年当事者を取り上げた番組は、見たことがないです。
尾崎 個人的には、一度ひきこもり状態になったら、再就職をしたり外に出ることが、首都圏の当事者と比べて地方はより困難なのではないかと思っていますが。
ともやん たしかに、それはあると思います。僕と同い年くらいの、ひきこもりの友人がいるのですが、やはり社会には出ていけないので。そういう事例を見ていると、難しいなと思いますね。
尾崎 出ていけないというのは、社会の側に受け皿や居場所がないということなのでしょうか。
ともやん それよりも、当事者の状況がいつまで経っても変わらない。本人が勇気づけられたり、自信を与えられるような状況にならない、という感じはありますね。
尾崎 今回のイベントのテーマは「中高年と長期ひきこもり」ですが、その二つはともやんさんの中でイコールとして考えられているのでしょうか。
ともやん そうですね、僕の中では紐付けされています。バリバリ仕事をして、病んでひきこもりになったケースもあると思うのですが、僕はイメージできなくて。僕や友人みたいに不登校から始まって、ずっとひきこもっているという方がイメージしやすいです。
尾崎 最近は、中高年ひきこもりというテーマで書籍も出版されています。全国調査では不登校からひきこもりになった人よりも、職場でのトラブルなどがひきこもりのきっかけになっている人が多いと書かれていました。労働問題が中高年ひきこもりの主軸だという記述もありましたが。
ともやん そうなんですか。そうすると、僕や僕の周囲の当事者はマイノリティなのでしょうか。
尾崎 何をもってひきこもりと呼ぶのかということもありますが、私は実態を把握しきれていないのではないかと思っています。実際ともやんさんの周りには、不登校から長期ひきこりになり、中高年になっている方がいらっしゃる。その方々が統計に出なかっただけであって、実際には多く存在しているのではないでしょうか。
それに、首都圏と地方の違いもあるかもしれないですよね。ともやんさんが仰っていたように、首都圏は不登校の子どもや、ひきこもり当事者の居場所が地方に比べて多いです。当事者会につながって、元気になってアルバイトを始める方も結構いるんですよ。
ぼそっと池井多 横からお邪魔します。
「何が原因でひきこもりになったか」ということは一元的に語れないように思います。労働問題がきっかけでひきこもりになった中高年の当事者も、労働問題というのはその人にとってひきこもりになった理由群のもっとも表面的な層であって、まるで玉ねぎの皮をむくように、そこから理由の皮をむいていくと、中から家庭問題や親子関係が出てくる、ということも多いのではないでしょうか。
東京のようにひきこもりの当事者会が多いと、いろいろな事例を周囲から見聞きするので、そういう比較もやりやすいですが、地方だとなかなかそうはいかないでしょうね。
ともやん 郡山には、ひきこもりの当事者会はないと思います。精神科デイケアや、中高年のひきこもり就労支援に行けば同じような当事者に出会うので、いるんだなとは思うのですが。
尾崎 なるほど。地方だと、そういった場にもたどり着けず、孤立を深めている方も多いのかもしれないですね。以前、ある地方のひきこもり当事者の方とお話ししたときに、まずご近所さんの目が気になって外出が難しいと言われたことがありました。住んでいる地域のコミュニティが狭いので、外出するとすぐに気付かれて噂になってしまう。だから、当事者会や居場所があったとしても、そこにたどり着けないんだそうです。
ともやん よく分かります、本当にそうなんですよね。空気感が違うんですよ。地元の郡山を歩くときは、人の視線が痛くてずっと辛かったんです。でも、東京に遊びに行ったときに、何か楽だなと思った記憶があります。旅行先だからと言ってしまえば、それまでですが。人があまりにも多いので、人が人を見ている暇がないというか、じろじろ見られる感覚がないんです。東京に行ったとき、「僕みたいな人がいてもいいんだ」と感じたんですよね。そうとう昔の話ですが、それは今でも覚えています。
尾崎 東京だとご近所さんでもお互いにそこまで干渉し合わないですからね。そのあたりの感じ方の違いは、大きいかもしれないですね。
親御さんからの不穏な質問
尾崎 イベントの当日は、何人ぐらいの方がいらっしゃったのでしょうか。
ともやん 30〜40人ほどですね。1月でしたが、会場は人の熱気で寒さを感じないほど賑わっていました。後から来る方もいたので席を追加したり、想像以上の方に来ていただけて。その分、買物して飲食する方には手狭な思いをさせてしまいました。
尾崎 当日は、大盛況だったのですね。それほど、このテーマを身近なものとして感じている方がいたということなのでしょうね。イベントはどのような構成で進行されたのでしょうか。
ともやん 僕が開会の挨拶をした後は、第一部がぼそっとさんのトークで、第二部にシンポジウムを行いました。イベントをやるからには、自分が楽しみたいという思いがあったので、出店してくれた人に挨拶をしたり、割と安心して会場の様子を見て過ごせました。
第二部のシンポジウムは、僕の知人が地元の若者支援の団体で活動をしているので、ぼそっとさんと一緒に登壇してもらって、会場からの質問に答えてもらう形式にしたんです。でも、僕も出た方がいいんじゃないかという声があったので、結局4人でディスカッションをしました。これはさすがに緊張しましたね。
尾崎 どんな質問がくるか分からないですし、それは緊張するでしょうね。
ともやん でも、質問に対して自分の体験を話す一問一答形式にしたので、緊張はしたけれど思ったことは喋れました。
尾崎 当日参加された方は、ひきこもり当事者の親御さんが多かったのですかね。どんな質問がきていましたか。
ともやん 参加者は圧倒的に親御さんでした。「うちの場合はこうなんですけど」という質問が多かったような気がします。実は最初の質問が、ぼそっとさんのトークを聞いた男性からの「ひきこもりを予防するための方策が全然示されていない」という質問だったんです。質問は匿名で募集したんですが、誰が書いたのか聞いても反応してもらえなくて。
尾崎 ひきこもりにならないための予防策を期待して、イベントに来ていたんですね。最初からきつい質問ですね(笑)。
ともやん 空気がぴりっとしたので、大丈夫かなと不安には思いましたけど、ぼそっとさんはそういう否定的な意見も大歓迎といった感じなので、答えていただきました。なので、その後の空気が悪くなることはなかったです。イベントにすら来ない、興味もなく見向きもしない人も多いですから。その中で、来てくれただけで意識高いなと思いました。
尾崎 家族だけで何とかしようと思ったり、身内にひきこもりがいることを恥ずかしいと思う親御さんもいますからね。誰もがひきこもる可能性があると思えば、恥ずかしいことでも何でもないですし、イベントをきっかけに、捉え方が変わっていくといいですよね。
ともやん そうですね、よりフランクに話ができるようになればと思います。他の質問は割と肯定的でしたね。雰囲気は良かったと思います。遅れて参加される方はちらほらいたんですが、途中で帰る人はあまりいなかったんですよ。
尾崎 地方の当事者がなかなか居場所や支援につながれないのと同じように、どこにもつながれずに抱え込んでしまう親御さんもいると思います。イベントがあって良かったと思っている方は、多いのではないでしょうか。
ともやん はい、参加して良かったという感想もいただきました。でも、もう少し当事者が出てきやすいイベントにしたかったですね。親御さんや興味のある方は来ますけど、今もひきこもっている人には門が開いていなかったかなと。
尾崎 「ひきこもり関連のイベント」という形で開催すると、当事者の方よりも親御さんが圧倒的に多いのは首都圏も同じです。
ともやん 安全が担保されていないですしね。
尾崎 何があるのか分からないとか、もう少し外に出るべきだと説得されてしまうのではないかとか、予期不安があるのかもしれないです。交通機関を利用したり、日中に外出することもハードルが高いと感じる方はいらっしゃいますからね。
ともやん 今現在も中高年でひきこもっている友人を呼んだんですが、最後までいられずに途中で帰ってしまったんですよね。来てほしかった人がもう一人いたんですが、誘っても来なかったという事情もあって。
尾崎 いつかまたイベントを企画する機会があれば、当事者だけの会を開いてもいいかもしれないですね。会場の候補で諦めることになってしまった古民家や酒蔵の倉庫も、違うイベントの会場として使えたらいいですね。
メディアが取り上げないと
存在しないことになる
尾崎 当日は、近隣地区の議員さんが参加されていたり、地元テレビ局や新聞の取材もあったそうですね。
ともやん メディアの方が来ていたみたいですが、当日は気持ちに余裕がなくて覚えていないんですよ。
尾崎 ともやんさんご自身は、地方のひきこもり当事者をもっと取材してもらいたいという気持ちはありますか。
ともやん 取り上げてもらいたいという気持ちは、ありますね。自分が映るか映らないは別として、地方にもある問題ですから。
尾崎 例えば、どんなことに関心を持ってもらいたいですか。
ともやん そもそも、こういう問題があるんだってこと自体認識されていないんですよ。まずこの現実を取り上げるだけでも、いいと思うんですよね。首都圏だとひきこもりは、すでにあるものとして掘り下げているんでしょうけど、地方は掘り下げる以前の段階です。首都圏と地方で、だいぶこの差があると思います。
尾崎 「地方にも、ひきこもりっているの?」という程度の認識なのでしょうか。
ともやん そうだと思いますよ。本人たちは声をあげない、メディアも取り上げないでは、それはもう存在しないことになりますから。僕自身、中高年で今現在も社会に出られない人が周りいるのか分からないですし、可視化されないって大きいです。
尾崎 たしかに、当事者活動をしていると頻繁にテレビなどの取材をさせてほしいと声をかけられるのですが、実際放送された番組を見ると、出演しているのはほとんど首都圏のひきこもりです。首都圏のひきこもりの状況はだんだん分かってきたけれど、地方の当事者がどんなことを悩んで、どんな風に暮らしているのか、踏み込めていないのが現状だと思います。
ともやん そうですね、地方の当事者を取り上げた番組は見たことないですから。目を向けてほしいと思います。
ひきこもっていた経験を
ただのマイナスにしたくない
尾崎 ともやんさんは、ひきこもって外に出ることができない間、どんな外部資源があればよかったと思いますか。
ともやん 世代的に無理な話にはなりますが、圧倒的にインターネットです。とにかく情報がなく、メディアといえばTVかラジオ。不登校やひきこもりに関して情報を得るには、親の会や病院など実際に人と会うしかありませんでした。
尾崎 同感です。私自身も断続的にひきこもっていた経験がありますが、ネットがあるかないかで、精神的なキツさが違いました。それに、当事者会はネットで情報を得て来る方が多いのですが、中高年の方はスマホやパソコンを持っていなかったりするので、情報を届けるのが難しいんですよ。
今はコロナ禍で、リアルな場での当事者会開催が難しく、オンラインに切り替えている会もあります。ますます、ひきこもり支援においてネットの重要性が高まっているように感じますね。
ともやん そうですね。それに情報がないと、こうなりたい、ああなりたい、といった願望そのものが湧かないんです。周りからの押し付けでない情報提供は、あった方が良いのかなと思います。
尾崎 ともやんさんがひきこもりとして、考えることや思うことは何かありますか。
ともやん イベントを開催したことにもつながるのですが、ひきこもって苦しんできた思春期の経験、今でも思うように社会に出ていけないこと。それをただのマイナスにして、なしにして、正社員に向けて頑張ろうとは思えないし、思いたくないんですよね。そんな気持ちが大きなモチベーションとなって、イベントを開催しました。今はコロナで仕事がなくなり家にいる時間が増え、メンタルが落ちてしまってはいるんですが。
尾崎 今の時期は厳しいですよね。それでも、ともやんさんが企画したイベントは郡山の地域の人たちを巻き込み、ひきこもり理解を促進したと思います。それに、近隣からイベントに参加されていた議員さんは、ご自身の地域でひきこもりのための活動を始めたそうですし、変化が広がっていますよね。
ともやん そうですね。それが本当に心の拠り所で、やって良かったなと思っています。
芸術や遊びなくして自分らしく生きることはない
尾崎 3回シリーズでお話を聞かせていただきましたが、記事の中で使われている写真が読者に好評なんですよね。郡山の街で生きている、ともやんさんの息遣いが伝わってくるような、繊細な表現だなと思います。写真は、いつから始めたのでしょうか。
ともやん 友達に誘われて、20歳から始めました。家に父親が使わなくなった一眼レフがあったので、それで写真を撮って、出来上がったものを友達と見比べて、わいわいやっていました。
尾崎 風景の写真が多いですよね。
ともやん そうですね、人物を撮るには人と知り合わないといけないので。風景や、野良猫、電車を撮っていました。
尾崎 ともやんさんの写真って、その瞬間の感情までもが映りこんでいる気がするんですよね。写真って、同じものを撮っても同じような表現にはならないじゃないですか。心の内側が映し出されているように、私には見えるんです。
ともやん すごく嬉しいですね。実は、写真の勉強ってあまりしていないんです。少ししていた時期はあるんですが、そんなに熱中できないんですよ。わりと我流でやるのが好きで。雰囲気のある写真を撮れたら、それでいいなと思っているんです。褒められると嬉しいですね。
尾崎 勉強するのも大事だとは思いますが、だからといって人の心を動かすようなものが撮れるわけではないですしね。
ともやん 何か伝わるものがあればいいな、と思うんです。上手いか下手かじゃなくて。イベントに出店していただいたお店の方に「私、ともやんさんの写真のファンなんです」と言われたんです。それが、めちゃくちゃ嬉しかったんですよ。僕より写真が上手い人はたくさんいるんですが、そう言ってもらえるのが嬉しいんですよね。
尾崎 「ファンなんです」って、嬉しい言葉ですね。その方の心に響くものがあったということですよね。
ともやんさんは、写真をはがきやTシャツにするモノづくりをしていたそうですが、これもご友人と始められたのですか。
ともやん いえ、これは一人で始めました。30代になってからMacを持つようになったので、写真をプリントしたり、はがきにしたりしていました。喫茶店で個展をしたこともあります。はがきやTシャツは、個展や地元のハンドメイド市で販売をしていました。
尾崎 意欲的に活動をされていたんですね。記事に使う写真を提供していただく際に、「実はカメラを売ってしまって」と言われて、私はショックを受けたんですよ(笑)。こんな素敵な写真を撮るのに、なぜ手放してしまったのだろうかと不思議に思ったのですが、何か理由があるのでしょうか。
ともやん カメラはやめて数か月になります。やっていて楽しいんですが、知り合いでもっと上手い人がいっぱいいて、結構苦しい部分があるんです。趣味ってそういうものじゃないですか。例えばギターをやるにしても、楽しいから始めたけどやればやるほど人と比べて苦しくなったりしますよね。それで、嫌になって投げ出してしまいました。
またやろうかなと思ってはいるんですが、お金の不安もあります。ひきこもっているやつがカメラを買って趣味にして、不謹慎かなという葛藤もちょっとあったりして、悩んでいます。
尾崎 私は、カメラを手放されたという話を聞いて、就労支援の方の言葉がともやんさんの中で効いてしまったんじゃないかと思ったんです。「夢を持つのは結構だけれど、まずは働いてから夢や好きなことに向かっていくんだ」と言われた、というお話がありましたよね。(*3) それが、どこか無意識の中でじんわり染みていったのではないかと。
*3:【ひきこもりと地方】「正社員じゃない姿は仮の姿だという思いがあるんです」福島県郡山市のひきこもり当事者・ともやんさんインタビュー第2回 - ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-「地方のひきこもり支援」より
ともやん それが理由でカメラをやめたわけではないですが、その言葉が残っているというのはたしかにあります。全然払拭していないですよ、本当に。そっちが先なんじゃないのかというのは拭えず、べったり頭にくっついているので、行きたくないけどアルバイトに行っているんです。まず我慢をして働いた方が、後々気持ちが晴れてカメラに向き合えるのかな、と思っているんですよね。
尾崎 なるほど、そうなんですね。私も写真をやっていた時期がありましたが、最初は心が動いた瞬間にシャッターを押すだけでよかったんですよ。でも、撮影して成果を出すことが目的になったときに、これをやっていて何になるんだろう、意味があるのかなと思ったり、人と比べてしまったり。ただ楽しいという気持ちが、社会的に価値があることなのかとか、他者からの評価にすり替わっていってしまったんですよ。
ともやん そうなると、つまらないですよね。
尾崎 そうですね。でも、これは私個人の考えですが、人間が生きることを支えるものって、人から見たときにあまり意味がないものなのではないかと思っていて。コロナ禍で真っ先に削られていくような、アートや演劇や音楽に人間は支えられていると思うんです。
ともやん いわゆる、生産的ではないものですよね。
尾崎 はい、そういうものがない生活や人生は、味気ないなと思うんです。私は文章を書くことで生計を立てているわけではないので、もしかしたら「ちゃんと働いて稼げば」と人に思われるかもしれないけど、文章を書いているときが楽しいし、一番生きている実感を得られるんです。やめてしまった写真も、記事に載せるために再開したのですが、自分の内面を表現できると思うと、わくわくするんですよね。私は、この実感に支えられながら生きています。だからもっと、意味はないかもしれないけれど、どきどきわくわくするようなことが、人生の中にあっていいんじゃないかと思っているんですよね。
ともやん 忘れていました、本当にそうだ。ひきこもってエネルギーがなくなっている人にとって、大事なのはそっちですよね。早く生産活動ができるようになることじゃないんですよね。両輪でいいとは思うんですが、芸術や遊びを無視して自分らしく生きることはできないですよね。
尾崎 「何かをやってみたい」とか、「自分はこういうものが好きだな」という気持ちが生まれたときに、「でもそれが何になるんだろう」「これでは稼げない」というような、社会的な周囲の声が頭に浮かんだりもすると思うんです。でも、それを取り除いていったときに、自分が生きている実感がもっと前面に出てくるのではないかな、と個人的には思っています。
ともやん そうですね、僕もそう思います。
尾崎 私は、ともやんさんの写真を見たときに、「この街で生きている、ともやんさんの姿」を感じたんですよね。どんなに写真が上手く撮れる人にお願いしても、それは表現できないんです。だから、ともやんさん自身が撮影した写真の提供をお願いしました。個人的には、ともやんさんに写真を続けてほしいので、心のどこかに気に留めていただければ嬉しいです。
過去を隠さず、引け目を感じないで生きていけたら
尾崎 ともやんさんは、今は短期のアルバイトをされているそうですが、これからは長く働ける場所を探したいと思われているのでしょうか。
ともやん 分からないですね。そんなつもりはなくても、知らず知らずのうちにそっちの方に向かおうとしています。最近も短期のアルバイトに行ったんですが、すぐにいっぱいいっぱいになってしまって。身体が向いていないのは明白なんです。でも「これから」というワードがでてきてしまうと、いつまでこんな働き方できるのだろうかと。僕はまだ、開き直れていないから流されてしまうんですよね。みなさん、どうされているのでしょう。
尾崎 私はもう諦めちゃったんですよ。ひきこもりから脱した後は、ちゃんとしなきゃと思っていたんですけどね。朝起きて満員電車に乗って通勤をして、一日働いて、また満員電車に乗って帰ってくる。そんな生活が、肉体的にも精神的にもしんどくなってしまって。
ともやん 気持ちのけりがついたんですね。
尾崎 気持ちのけりというよりも、諦めですね(笑)。働いては辞めての繰り返しなので。最初は、適応できない自分が悪いから適応できるようになろうと頑張っていたんですけど、無理でした(笑)。でも無理だと気付けたのは、不登校をしていたからです。自分に合わない場所に通い続けることができる人もいるのでしょうけど、私はそれが向いていない人間なんだと思います。
経済的には不安定ですし、迷うこともありますが、心身ともにしんどい中で頑張ったり耐えることを、自分の人生の中で意味あるものだと思えなかったんです。子どもの頃からずっと頑張ってきたし耐えてきたから、もうこれ以上自分を苦しめることはしなくていいんじゃないかと思って。
ともやんさんは、今でも正社員で働きたいという気持ちは変わらないのでしょうか。
ともやん そういう気持ちは今は1割ぐらいです。でも「こうやって生きていこう」という、次の選択肢がないんですよ。だからもんもんとしているというか、揺れ動いています。
尾崎 働き方でも生き方でもいいんですが、どんなふうになれたらいいなと思いますか。こうしなきゃ、こうならなきゃ、という考えを置いてみたら、どんな姿がありますかね。
ともやん 難しいな。時々それがなくなって、本当にもう生きていく場所がないと思うことがあります。でも、あるとするならば、開き直って過去のことをマイナスにせず、甥っ子や姪っ子に言えるようになりたいです。過去を隠さないで、引け目を感じないで生きていけたら、その時の仕事がどんなものであろうといいんじゃないかなと。
尾崎 どうやったら引け目なく、生きていけそうですかね。
ともやん それが分からないので悩んでいます。でも、方法の一つがこうやって隠さずに話していくことなんだと思います。多分、すぐに開き直ることはできないんです。ちょっとずつちょっとずつ、隠している自分より開き直っている自分の方を大きくしていく。それを、繰り返していくしかないんじゃないかなと思っています。
(完)
<プロフィール>
ともやん 福島県郡山市出身のひきこもり当事者。郡山市にて「大人のひきこもりの話を聞く日 中高年・長期ひきこもりについて考える」イベントを企画。
尾崎すずほ 東京出身の元ひきこもり。冊子版7号~9号/ WEB版【ひきこもりと地方】対談記事を執筆。ひきこもりUX女子会アベニュー運営スタッフ。
ぼそっと池井多 東京在住の中高年ひきこもり当事者。23歳よりひきこもり始め、「そとこもり」「うちこもり」など多様な形で断続的にひきこもり続け現在に到る。VOSOT(チームぼそっと)主宰。著書に『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(2020年10月、寿郎社)。
ようこ「大人のひきこもりの話を聞く日 中高年・長期ひきこもりについて考える」チラシデザインを担当。連絡先メールアドレス y45s@yahoo.co.jp