文・ぼそっと池井多
「地域で支えるひきこもり支援」の現在地
本シリーズでは、「地域で支えるひきこもり」という聞こえのよい支援コンセプトが、事実上は支援者の都合によって作られており、ひきこもり当事者の心性や精神的現実とは相容れない点が多い、という事実を昨年来さまざまな角度から指摘させていただいている。
しかし、相変わらず支援者たちの集まりでは、「地域で支えるひきこもり」というコンセプトの大合唱が続いているようである。
そこでは、
「これでいいんだよな」
「これでいいのよね」
と支援者たちが相互に自己確認しあっている気配が感じられることも追記すべきであろう。
その支援者相互の確認作業のなかに当事者がいなければ、それが「当事者不在のお祭り騒ぎ」として当事者たちに評されるのは、しごく当然のことである。
いっぽう、私は一人の当事者ではあるものの、なぜ「地域で支えるひきこもり」というコンセプトに支援者、とくに支援行政の人々は拠って立たなければならないかも大変よく理解できる。
「上から命じられているから」
とか、
「仕事だから」
といったレベルの理由ではない。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、それは自治体というものが、すべからく「面積」を持っているからである。
日本では、行政主体は管轄地域を第一の成立要件としている。
したがって、A市民とはA市という自治体に地方税を払っている人々のことであり、その受益者でもある。そしてA市のひきこもり支援とは、A市に納められた地方税の受益者を対象とした行政サービスの一環である。
ところが、隣のB町からA市にやってきたひきこもり当事者は、A市の受益者ではない。もし「地域で支えるひきこもり」というコンセプトなしにひきこもり支援を考えると、A市のお金で、A市の受益者ではない人たちを支援することになり、受益者負担主義にたがうこととなる。
「それではA市の市民たちの理解が得られない」
ということを政治家や行政者は心配するのである。
ここで本来は、
「ひきこもりに関する行政において『受益者』とは誰か」
という原論に立ち返ることが必要なのだが、ただでさえ矛盾と葛藤に満ち満ちて暗鬱に錯綜しているひきこもりという課題に関して、自分の周囲にそういう問題がないのにそこまで分け入ってくれる奇特な一般市民は、はっきりいって多くない。
また政治の言葉とは、どれだけ真実を言うかではなく、どれだけもっともらしく言うかであるから、政治家たちもそのような問題構造をありていに述べることもない。
そこで持ってこられるのが「地域社会の温かさ」といった、ほのぼのとした虚構である。
ちょうどパンを作るときに膨らし粉を混ぜるように、そんな虚構を生地に練りこんで、なんとか「地域で支えるひきこもり支援」というパンを焼き上げている。
そして、このような支援者と結託している専門家やメディアも、「地域で支えるひきこもり」を心温まる「ちょっとイイ話」に仕立て上げて宣伝する。
こうして、人々が「地域で支えるひきこもり」にあまり疑念を抱くこともなく、何年もの時間が過ぎてきた。
そこでひきこもり当事者たちが覚えていたものは、疑念ですらなかった。
私たちが覚えていたものは、疑念といった観念に結晶する前の、なんとなくザワザワする肌感覚の違和にすぎなかったのではないか。
いわゆる渦中の当事者ほど言葉を発することができないので、「違和感」が「疑念」に育つ機会もないのである。
こうしてひきこもり当事者たちの反対が言葉にされる場もないままに、「地域で支えるひきこもり」というコンセプトが支援者たちによって拡大再生産されている。
報道されない超地域主義
そのような流れに「待った」をかけようと始めたのが本シリーズであったが、私が「嫌われる勇気」をふるってあちこちで同旨の発言をしてきたことがようやく実を結んできたのか、とうとう行政の側でも「地域で支えるひきこもり支援」を脱却する動きがあるという知らせが伝わってきた。
私のような、「専門家」でも「センセイ」でもない一般人、それも社会の底辺にうごめく無職のひきこもり当事者の耳にも入ってくるのだから、専門家センセイたちはとっくにこうした動きをつかんでいるのにちがいない。
ところが不思議なことに、そういう動きを発信する既存メディアもひきこもり専門家も、私が見渡すかぎりではいらっしゃらないようなのである。
メディアの報道がひきこもりの「ありのまま」を伝えるのではなく、ある一定の方向へ社会が持つひきこもり像を誘導しようとしているのではないか、と私がかねがね懸念しているのは、たとえばこういう事実を根拠とする。
そこで、今回は私が、HIKIPOSのようなささやかな当事者メディアから発信しようと思い立った。
「実務的な検討」に入った東京都
具体的には、以下のような動きであるらしい。
東京都のなかの自治体の一つ、練馬区の議会で吉田由利子という区議会議員が一般質問でひきこもりの広域支援体制について取り上げたのが始まりだったという。
その後、東京都と都内自治体との会議において、「練馬区からの意見」として地域を超えたひきこもり支援の問題が取り上げられ、それで東京都が検討をすることとなり、2022年3月8日の東京都予算特別委員会において、小林健二都議会議員と東京都福祉保健局長のあいだで次のようなやりとりが行われた。
小林議員:ひきこもり当事者やそのご家族が、自分たちの住む地域や地元自治体以外で相談や支援が受けられるように、広域的なひきこもり支援体制づくりについても検討していくべきだと考えますが、この件につきましてご見解をお願いいたします。
福祉保健局長:提言では、地元自治体に相談しづらい方に配慮した広域連携の視点も必要であり、各地域におけるひきこもりに係る支援の資源を相互に利用できるようにする、自治体間の連携も有効とされております。
東京都は、ひきこもり当事者やそのご家族が、お住まいの市区町村以外での相談支援の窓口も利用できるように、ひきこもりに係る支援推進会議において広域支援の在り方について実務的に検討しております。
また、ひきこもりサポートネットにおいて、都内全ての方を対象とした相談支援を行なうほか、元当事者やその家族によるピアオンライン相談を拡充し、ひきこもりに係る専門的な相談窓口としての機能の拡充を図っております。
太線部、引用者
ただ漫然と「検討いたします」ではなく、「実務的に検討」していると東京都が回答したことは、まことに頼もしい。
「地域で支えるひきこもり支援」も明らかに新しい段階に入ったといえよう。(了)
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