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【就労支援を受けなくても 第2弾】ひきこもりのまま社会とつながる ~歴史漫画を自費出版した中村秀治さんインタビュー~

写真提供・中村秀治さん

聞き手・構成:ぼそっと池井多
語り:中村秀治

 

「ひきこもりが社会につながるには、仕事をしなければならない。
そのためには、まず就労支援を受けなくてはならない」

そう考えている方が、ひきこもり当事者にも、また支援者や家族にも一定数いらっしゃるようです。
しかし実際は、就労支援など受けなくても(時には受けないほうが)仕事に就ける場合も多くあり、本誌でも過去にそのような例をたどった当事者手記をご紹介しました。

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今回も、そのような道筋をたどりたい方に参考になるかもしれません。
本誌【ひきこもりと地方】のコーナーでもたびたびご登場いただいている長崎県佐々町の中村秀治さんにお話をうかがいました。

 

好きな漫画を描いて自費出版

ぼそっと池井多 中村さんは昨年また本を出されたそうですね。

中村秀治 はい。ぼくは以前に自分のボランティア体験を『おーい、中村くん』という本にまとめて自費出版したことがあるのですが、今回は漫画の本を出させていただきました。

ぼそっと池井多 どんな漫画本なのですか。

中村秀治 鄭成功ていせいこうという歴史上の人物の評伝です。
ぼくは長崎県北部地方に住んでいるのですが、この鄭成功も江戸時代に現在の長崎県北部の平戸に生まれて、のちに国際的に活躍して台湾の英雄になった人です。

ぼそっと池井多 江戸時代に近松門左衛門が『国性爺合戦』という歌舞伎に描いた、あの国姓爺こくせんや(*1)ですね。鄭成功という名前は、私も高校時代に世界史で習った覚えがあります。

 

*1. 歴史上の実人物として鄭成功は、その功績により明の皇帝から皇族の姓である「朱」を名乗ることを許されたため「国姓爺(こくせんや)」という別称を持っていた。しかし歌舞伎の作者である近松門左衛門は、作中の人物が実人物とは異なる造型となったため、一字を変えて「国性爺」にしたといわれている。

 

中村秀治 そうですか。ぼくは鄭成功という名前は知らなかったんですよ。『国性爺合戦』も見たことないし、近松門左衛門も知らないです。

ぼそっと池井多 そうなんですね。では中村さんはなぜ国姓爺こと鄭成功を漫画で描こうと思ったんですか。

中村秀治 母親から平戸にある鄭成功記念館のことを聞いて、そんな人物が長崎の平戸にいるんだと初めて知りました。それから興味が湧いて鄭成功記念館にも行って、鄭成功の資料や小説などを読むようになりました。

自分は漫画が好きなので漫画も探したのですが、鄭成功を主人公にした漫画は自分が知る限りではありませんでした。なら自分が描いてみよう、という気になりました。
三国志などのように鄭成功の漫画があれば、いち読者として読んで満足して終わってたと思います。

台湾では台湾史を知るうえで重要人物であり教科書に載るほどの人物なのに、日本ではほぼ知られてない人物なのも理由の一つですね。どんな物語か人物なのかも知られてないので、「この映画面白いよー」というみたいに、知られてないものを誰かに紹介していく楽しさがあります。

ぼそっと池井多 鄭成功の人生は、舞台が世界中に及んでいるのと、時代考証など周辺事実を下調べするのが、けっこう大変だったんじゃないですか。そのおかげで、読者は当時のことを何も知らなくてもこの評伝を楽しめるようになっているわけですが。

中村秀治 不登校なうえに今まで全く勉強もしてこなかったので、いちから日本史や世界史など歴史の勉強をするのは大変でしたね。
日本はなんで鎖国したの? 明国ってどこ? そもそも台湾になぜオランダ人がいるの? という疑問が次々に溢れ出ました。
漫画の舞台は大航海時代を経た頃の台湾や中華、オランダ、日本にも及ぶので、時代考証など調べるのに各国の文化や、帆船や甲冑、武器、衣装などの多くの資料を読みました。

ただ色々調べていくうちに、この事柄やこの人物を漫画に取り入れたい、っていうのも増えるので楽しいですね。抱えていた疑問も解消できるようになりました。そういう楽しさを読む方にも伝えられると良いですね。

 

ぼそっと池井多 出版された本はすごく好評で、短期間のあいだに重版しているとお聞きしましたが。

中村秀治 ええ、おかげさまであちこちで取り上げていただきました。テレビや長崎版の新聞でも取り上げてもらったり、鄭成功記念館にも委託販売という形で本を置かせて頂きました。台湾の小説家である陳耀昌先生にもFacebookにて紹介してくださりして嬉しかったです。
読者の方からは「よく調べてありますね」「鄭成功の名前は知っていましたが、どんな方だったか知りませんでした」という声もいただきました。

ぼそっと池井多 昭和の昔に司馬遼太郎という作家がいました。この人は独特な視点から歴史上の人物を素材につぎつぎとフィクションを描いていって、何本もNHK大河ドラマの原作にもなり、ひいては日本を代表する歴史小説家になりました。
中村さんの御作を拝見していると、漫画というジャンルで司馬遼太郎のような展開が考えられるのではないかな、とものすごく将来性を感じるんですよ。

中村秀治 司馬遼太郎と比較していただくのは身に余る光栄ですが、この手法で他の歴史漫画を描いていきたいという気持ちはあります。

 

ひきこもりのまま社会とつながれる

ぼそっと池井多 こうした歴史漫画を描くことで、中村さんは社会とつながっておられるわけですよね。生活形態は相変わらずひきこもりですか。

中村秀治 生活形態はひきこもりから変わっていないですね。

ぼそっと池井多 いわゆる「就労」はしていないわけですよね。

中村秀治 そうですね。「就労」の定義にもよるでしょうが、ぼく自身は漫画を描くのが好きだからやっているだけで、いわゆる「就労」している意識はないですよね。

ぼそっと池井多 とても幸せな生活の状態だと思いますが、中村さんは今の状態に、行政などでやっているひきこもり支援、就労支援を受けて至ったわけではない、ということですよね。

中村秀治 そうですね。ぼくは地元の行政がやっているひきこもり支援の相談窓口に行って、そこで「鄭成功の漫画を描きなさい」と指示されて、それでこの本を出したわけではありません。
以前、ひきポスのインタビューでも答えた民間の居場所(*2)にときどき通っていたということはありますが、就労支援を経て今があるというわけではないです。

 

*2. 民間の居場所 佐世保市にあるフリースペース「ふきのとう」を指す。詳しくは以下の記事を参照のこと。
https://www.hikipos.info/entry/2020/03/26/070000

写真・ぼそっと池井多

ぼそっと池井多 中村さんを見て、
「どうしたら自分もあのようになれるだろう」
と思う当事者の方や、
「どうしたらひきこもってるうちの子もあのようになるだろう」
と考える親御さんは、きっと多いと思うんですよ。
中村さんのお母さんは、中村さんがひきこもっていることに関して何にも言わない方ですよね。とにかく中村さんを信じて待つだけというか……

中村秀治 そうですね。母親は何も言わないですね。
いっしょに住んでいる家族に就労などのことを厳しく言われたら、生きづらかったと思います。

ぼそっと池井多 まだお母さまが離婚される前、お父さまは中村さんが学校へ行かないことにやかましかったんですよね。

中村秀治 ええ、父親は学校へ行かないぼくのランドセルを外にほうりだして「学校へ行け」と怒鳴りつける人でした。

ぼそっと池井多 ご両親が離婚なさって、中村さんはお母さんに引き取られて、周囲に「学校へ行け」とやかましくいう人はもはやいなくなったあと、中村さんのひきこもりは極まった、と。

中村秀治 そうですね、父親がいなくなってからぼくのひきこもりが始まりました。

ぼそっと池井多 そのことを、
「ほら、やっぱり『学校へ行け』『ひきこもるな』と厳しくしつける親がいなければいけないんだよ。親が甘やかすと、けっきょく子どもはダメになるじゃないか」
と解釈する人も多かったのではないかと思います。
でも、お母さまは何も言わなかった。それで、中村さんは自分のペースで生きて、何年か経って、結局こうして持っていた才能が開花して評価されている。就労支援など受けなくても、就労以上のことをしている。
私は今の中村さんをそんな眩しい視線で見ているのですが、ご自身からごらんになってどうですか。

中村秀治 ひきこもったら、就労だけが目標とされるのは辛いですね。
就労だけが出口なら僕自身は被災地にボランティアにも行かなかったですし、小説や漫画の自費出版もしてなかったです。

これがぼそっとさんの仰る就労以上とは思わないですが、自分の好きなことができてるので就労のことは今は考えてないです。
これまでも何度か就労しましたが、人間関係の悩みやパワハラもあったり、精神がすりつぶされることが多かったですね。自分は働くことに向いてないな、と。
相変わらずひきこもってますが好きな創作活動をしています。

 

ぼそっと池井多 どうもありがとうございました。今後ともときどきお話をうかがわせていただきますが、よろしくお願いいたします。

中村秀治 こちらこそよろしくお願いします。

 

【中村さんの本を読みたい方のために】

漫画『鄭成功』(自費出版 170ページ 1,000円)
<お問い合わせ・購入申込み> syuuji.akira.41@gmail.com

 

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