今回は、「ひきこもり目線」で選んだ短歌特集です。五・七・五・七・七のリズムにのって、歌い手の思いがこめられた言葉たち。2010年代に発表された4冊の歌集から、時代を映した〈生きづら短歌〉の世界をご案内します。
※敬称略
Ⅰ 平成の牛丼のきびしさ 『滑走路』
萩原慎一郎『滑走路』 KADOKAWA 2017年
ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる
非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだ
萩原慎一郎(はぎわらしんいちろう)は、1984年東京生まれ。17年のデビュー作『滑走路』は、非正規労働者の苦しさをとらえた話題作。「ひきこもり目線」からすると、働いているというだけですでに偉く思えるが、中身は生きづらさ満載だ。働いて自活していたとしても、格安の牛丼を腹に入れ、何度も頭を下げる毎日には希望がない。社会の底でもがいているばかりで、明るい未来図も描けない。『滑走路』は、行き止まりの人生の一場面を切りとっている。
青春のいのちが果てる切なさよ特攻隊の映像を観た
こんなにも愛されたいと思うとは 三十歳になってしまった
かろうじてある現在よ ぼんやりと夜空に浮かぶ月をながめる
上の三首目では、一人で月をながめながら、自分の現状を「かろうじてある現在」ととらえる。ぼんやりと浮かぶ月のように、自分の存在が不確かにしか感じられない。特攻隊のように命をかけるものがあるならまだしも、先行きを見通すことのできない、不安に満ちた夜がある。
歌に難しい言い回しはなく、読みやすい日本語表現が選ばれている。どこにでもいそうな若者の声で作られている分、ふだん短歌を読まないような、幅広い人に共感を呼ぶのだろう。
シンプルという以上に、萩原慎一郎の語り口は剥き出しだ。文学的な意匠が少ないせいで、社会の風景が直接に伝わってくる。「プレカリアート」という言葉があるけれど、ここには目の前の生活で精一杯なために、心の豊かさが奪われてしまった世界がある。
非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている
箱詰めの社会の底で潰された蜜柑のごとき若者がいる
頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく
夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから
短歌を書くことそのものについての歌も少なからずあり、そこにはポジティブな声も含まれている。秀歌には社会的なテーマが目立つけれど、歌集全体の印象は必ずしも暗くない。中でも以下の歌は、作歌に自らの救いを見出しており希望的だ。
抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一字で鳥になるのだ
きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい
しかし惜しくも、著者は32歳の若さで亡くなった。この『滑走路』から飛び立った鳥は、次の空をゆくことなく、始まりの歌集を遺作に変えて去っていった。
Ⅱ 生と死とスーパーのあいだで 『サイレンと犀』
きれいな言葉を使ってきれいにしたような町できれいにぼくは育った
ならべるとひどいことばにみえてくる頑張れ笑え負けるな生きろ
信じれば夢は叶うという夢を信じ続けた被害者の会
岡野大嗣(おかの だいじ)は、1980年大阪生まれ。デビュー作の『サイレンと犀』には、便利で清潔な消費社会に対するツッコミがある。スーパーに行って食材を買うことは、社会生活を営むうえで基本中の基本であり、誰にだってにできる。(そのため、それができない「ひきこもり」は異常視されてしまう。)しかし岡野大嗣にかかると、そのふつうのはずのことが、実は奇妙さに満ちているのではないかと思わせる。
骨なしのチキンに骨が残っててそれを混入事象と呼ぶ日
レジ上の四分割のモニターのどこにも僕がいなくて不安
地獄ではフードコートの呼び出しのブザーがずっと鳴ってるらしい
スーパーで骨なしのチキンを買うなんて、まったく特別なことではない。世間ではおかしく思う方がおかしい。けれどその当たりまえのことをもう一度考えてみると、やっぱり変なのではないか。いちいち立ち止まって考えていると日常生活を送れなくなるけれど、短歌はそこに立ち止まり、読者に気づきを与えてくれる。
上記の三首目。フードコートの呼び出し音が鳴っているのも、その状態が「地獄のようだ」というのではない。「地獄では」呼び出し音が鳴っているという。地獄とはなんてひどいところだろう。そしてその地獄と同じものがある地上は、なんて生きづらいところだろう。視点が変わることで、自分の普段見ている景色に別の色彩が混ざってくる。
一匹の虫も殺したことのない右手によって遂げた精通
もういやだ死にたい そしてほとぼりが冷めたあたりで生き返りたい
グレゴール・ザムザは蟲になれたのに僕には同じ朝ばかり来る
This video has been deleted. そのようにメダカの絶えた水槽を見る
著者は、あとがきで以下のように書いている。
『僕にとって短歌は、短く、静かにもらすため息のようなものだ。ため息は流れていってしまうけれど、短歌は残る。短歌に残して、読み返せば、何度でもそのため息のもとになった情景を心に甦らせることができる。』
短歌が残ることで、時を経て読者にも心の機微が伝わる。『サイレンと犀』は、立ち止まりたたずんでいることに、少しだけ勇気を与えてくれる歌集だ。
Ⅲ 日本と赤鬼の行方は『メタリック』
小佐野彈 『メタリック』 短歌研究社 2018年
家々を追はれ抱きあふ赤鬼と青鬼だったわれらふたりは
小佐野彈(おさの だん)は、1983年東京生まれ。複数の賞を受けた本作では、ゲイ男性の心象風景が描かれている。「LGBT」の言葉が広まったとはいえ、今でも同性愛の関係は、一般的な「家族」・「結婚」のあり方と相容れない。世間と自分とのあいだに生じる軋轢が歌に重さを与え、あざやかな言葉の結晶となっている。
革命を夢見た人の食卓に同性婚のニュースはながれ
かげろふのやうにゆらりと飛びさうな続柄欄の「友人」の文字
セックスに似ているけれどセックスぢやないさ僕らのこんな行為は
憂国の男子はひとり窓辺にて虹の戦旗に震へてゐるよ
赤鬼になりたい それもこの国の硝子を全部壊せるやうな
作歌の切り口が大きく、国家や歴史に対する視点をもっている。著者が台湾在住だということも、視野の大きさに影響を与えているのだろう。歌集の中盤以降では、台湾のゲイシーンがとりあげられており、都会的な幸福感も多く描かれている。
それでも、個人的にはナイーブな心情が刻まれた、以下のような作品を味わい深く読んだ。
初恋のひとの性別思い出せなくて弾ける少年の夏
たよりない嘘だったけどほんたうに深いところで病んでゐたのだ
むらさきの性もてあます僕だから次は蝸牛として生まれたい
※蝸牛:くわぎう。カタツムリのこと。
私も同性愛者であり、これらの言葉は生々しい傷の記憶をよみがえらせるものだった。もっともマイノリティかどうかに関係なく、性については誰もが少なからず不安をかかえている。本作がもつ表現の射程は、性と生に悩む多くの人たちに届くものだろう。
Ⅳ 僕らが駆けださなかった方の夏 『さよならバグ・チルドレン』
鉄道で自殺するにも改札を通る切符の代金は要る
いつも遺書みたいな喋り方をする友人が遺書を残さず死んだ
山田航(やまだ わたる)は、1983年北海道生まれ。『さよならバグ・チルドレン』は、2012年に刊行された第一歌集だ。いくつもの歌のなかで、驚くほどみずみずしい表現が達成されている。ここには少年時代の夏休みにかいま見るきらめきがあり、晴ればれとした若さを歌っている。
ただそれはそれとして、個人的に魅かれるのは人生がうまくいっていない時の風景だ。そのため、以下に挙げる歌は全部暗い。
歩き出さなくてはならぬかなしみを犬からかつてごまかしてるね
いまひどい嘘をきいたよ秒針のふるへのさきが未来だなんて
交差点を行く傘の群れなぜ皆さんさう簡単に生きられますか
永遠に出走しえぬ馬のごとひしめき並ぶ放置自転車
たぶん親の収入超せない僕たちがペットボトルを補充していゆく
何気ない町中の風景が、抑うつ的なタッチで描かれている。放置自転車も自動販売機も、これらの歌の中では閉塞感に塗りつぶされているかのようだ。
おそらくその色合いは、実体験から生まれてきた風景なのだろう。本書のあとがきで、著者は意気消沈した過去があったことを語っている。
『女の子とはまるで話せなかった。ファーストフードとコンビニエンスストアの深夜バイトの面接に落ちた。奇跡的に潜り込んだ会社では、仕事ができなさすぎて試用期間で首を切られかけた。』
なんて親近感の湧くことか。けれど著者は、短歌と出会ったことでそれまでにない言葉を手にする。
『あんなにうまく喋れなかったのに。あんなに表現することが下手くそだったのに。定型があるだけで、自分の中にあった世界や理想が、するすると言葉になっていく。』
著者にとって、短歌は人生の始まりを告げるスタートラインだった。暗い歌の多さにもかかわらず、本書にすがすがしい解放感が宿っているのはそのためだろう。
なお山田航の著書に、『桜前線開架宣言 Born after 1970 現代短歌日本代表』(左右社 2015年)がある。短歌を評価するポイントの一つが「ロックスピリット」という、最高に面白いガイドブックだ。現代の短歌をもっと知りたい人にオススメする。
⇒ 短歌特集第2弾「地獄のコンビニ編」
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執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter
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