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親は親の人生を生きればいいのか ― 「ひきこもり親子 公開対論」より 父親カズさんとの対話 第2回

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文・写真・構成 ぼそっと池井多

 

 
前回までのあらすじ
カズさん(50代仮名)の長男は中3の秋にひきこもり始めた。高校受験が迫ってきて焦ったカズさんが、長男がかぶっている布団をひっぺがし、いつまで休んでるんだ!高校受験をする気がないなら、出ていけ!」と怒鳴りつけたところ、息子は寒空の下パジャマ一枚で出ていった。警察の捜索により帰ってきたが、それ以降、長男との対話がうまく行かない。せめてカズさんにできることは、息子の好きなラーメンをいっしょに喰いに、ときおり家から連れ出すことであった。

 

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まじめにやればやるほど……

ぼそっと池井多 ひきこもっているご長男とラーメンを食べに行きながら、どんな話をされたんですか。

カズ 何も話しません。無言ですよ、行きも帰りも。

無言ですけれども、行ってました。

ぼそっと池井多 今も、息子さんは口数が少ないですか?

カズ いいえ、口数は少なくないですね。どっちかというと、友達も多かったですし、非常に明るい社交的な性格です。ただ、すごく真面目で、高校受験の時も、
「この高校に受からなくちゃいけない」
というプレッシャーで、一生懸命、勉強すればするほど結果が出なかったのです。

真面目な所はありますが、口数が少ないとか、人と上手く接することが出来ないことはないですね。

ぼそっと池井多 ご次男もいらっしゃる訳ですよね。ご兄弟同士の関係はいかがですか。

カズ 男の子同士ですので、あまり一緒に仲良くしている感じはありませんけれども、長男がひきこもっていた時は、次男もそうとう我慢していたみたいで、ときどき、次男も調子が悪くなって、学校へ行かなかったことはあったようです。でも、それ以上はありませんでした。

 

「親は自分の人生を楽しめ」というけれど

ぼそっと池井多 この「ひきこもり親子 公開対論」という場は、親の立場の言い分や怒りなどを、当事者、子どもの立場である私に、壇上でぶつけていただくという趣旨から始まっています。

カズさんの場合、すでに息子さんが社会人なので、そういうことは少ないかも知れませんが、どうですか? 親の立場から、当事者にぶつけたい本音はありませんか?

カズ 私はいろいろな家族会でお話を聴くんですが、ひきこもりを経験した方がよく言うのは、
「親は自分の人生を楽しんでほしい、その方が子どもが楽になる」
という言葉です。

でも、それってほぼ不可能なんですよ。ひきこもって苦しんでいる子どもを真の当たりにして、親が自分の人生を楽しんで、子供から少し距離を置いた方がいいと言うのは。

逆にどうですか? 子どもから、親御さんにそうして欲しいというのはありますか?

ぼそっと池井多 私はカズさんから別の理由から、
「親は自分の人生を楽しんでください」
という、ひきこもり支援の界隈で教科書的に言われる言葉には反対なんですね。

私の母親は、すごく自分の人生を楽しんでいるんですよ。享楽的に遊び暮らして楽しんでいるのではなく、一種のワーカホリックですけどね。

今日は、私の個人的な履歴をお話しする時間がありませんでしたが、とにかく教育圧力の高い母親で、学習塾を経営してました。サラリーマンの父親の、だいたい3倍ぐらいの収入があって、自分の自己実現ばかり。

私という長男や、父親という夫、そして弟とかも、どうも母親の自己実現の肥やしにされてる感じがありまして。

私が母親に言いたいのは、
「自分の人生ばっかり楽しんでんじゃないよ。犠牲になっているぼくをもっと見てよ」
ということですね。なので、ひきこもり問題の周辺で言われる、
「親は親の人生を楽しんでください」
という言葉は、カズさんと違う意味で違和感を感じています。

 

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父は居ても父性が居ない

ぼそっと池井多 ただ、カズさんのご家庭と私の原家族にあえて共通点を探るならば、こういうことが言えますね。

私の父は、当時は単身赴任もしてなかったし、家庭にいたけれども、とにかく母に対して弱くて、父性が不在だったんですね。だから、物理的に父が不在であったカズさんのご家庭と、通じる所があるのかな。

逆に、父が不在であると、奥さまである母親は、全部一人で背負いこまなければならないから、どうしても子供に当たることが多くなったりするんじゃないかと、私はちょっと想像しているんですね。

例えば4人家族だったら、家族って、マッチ棒でひし形を作るような物だと思うんですね。

それを一つ揺らすと、全体の形が変わるでしょ? それは、家族というものが一つのシステムだからであって、一ヶ所だけが周囲と無関係に変わるということはないのではないか、と思うのです。

そういう意味でも、やはり家族の中の会話や対話をもっと持てるようにすることだと思います。

よく、「日本のひきこもり問題の解決」なんてことが言われます。「解決」って何だよ、むしろそんなふうにひきこもりを問題にしなくなることが解決なのではないか、と思うのですが、もし日本全体のひきこもり問題に「解決」というものがあるとしたら、それは行政による支援がどうのこうの、ということよりも、まずはそれぞれ家族の中や自分の周囲で、自分たちに出来ることをやった方が良いんじゃないか、と思うのです。

どうしても自分の親、自分の子と対話できないのなら、同じ立場にいる他の親、他の子どもと対話することから始めてもいい。そういうのを、私は「斜め対話」と呼んでいます。まさに今、ここでやっていることですね

そして、私自身の親子関係は上手く行ってないから、こういう所で皆さんのお知恵をお借りしている、という形が「ひきこもり親子 公開対論」なんてことになっているわけですけれども。……

いかがですか? せっかくこういう「公開対論」という場に出ていただいたわけですから、ひきこもり当事者たちに対して、カズさんは父親の立場から言いたいこと、訴えたいことはありませんか。

カズ そうですね。

「親の価値観を押し付けるな」
「親の自己実現のために自分がこうなったんだ」

とか、親を恨んだり敵視する思いがよく聴かれるんですけど、

「はたしてそれが当事者たちの本音なのかな?」

って思ってるんですよ。

「親の言いなりになりたくない」

と強く思っている自分と、

「親のせいでこうなっているんだ」

という思いが、両方あると思うんですけれども。
今日もそうですが、親 vs 子みたいな対立構造によってひきこもりを考えるのは「意味があるのかな?」と思っています。
親は本能的に、そこまで自分を押しつけて、子どもがどうなっても良いとは思ってないはずなんです。これは私にとって、ですよ。

親にとって一番幸せなのは、子どもが良い学校に入るとか、今すぐひきこもりから脱出して学校に戻るとか、そういうことより、とにかく笑っていてほしいんです。

布団にくるまって、身体が動かなくても、気持ちだけは立ち上がりたくて、子どもがうめいている姿を見た時、

「良い学校や普通の生活に戻ってほしい」

という考えは微塵もない。

それをどう伝えれば良いのか、難しいですね。

 

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たちまち食べ物を送ってくる母親

ぼそっと池井多 私の父親から考えると、カズさんはすごく理解のある親御さんで、「うらやましいな」とすら思うんですが、やっぱり親御さんの中には、

「自分の子どもは良い学校へ行って、良い所で正社員になってほしい」

っていう親御さんもいますよ。

あまりにも親と子で、価値観、社会観、世界観が違うため、対話ができなくなっているケースが多いと思うので、そういう場合は、やっぱり親 vs 子という図式から捉えて行くのは、一つの重要な方法じゃないか、と私は思うんですけどね。

それと、
「子どもを親の自己実現の肥やしにするな」
という、いっけん恨みとも取れる私の言葉は、身も世もないほど磨きこんでしまえば、要するに「愛してくれ」ってことだと思うんですね。

でも、愛って、あまりにも広汎な概念だから、それを言ってしまうと、かえって真意が伝わらない。ただのクサいセリフになってしまいます。だから、言いたくありません。

例えば、「愛してくれ」なんて言うと、たちまち食べ物を宅配便で送ってくる母親がいるんです。こっちは絶海の孤島に暮らしてるわけじゃないのにね。「勘弁してくれよ」と思います。「愛」っていう言葉の範囲が広いので、かえって何を求め、何を求められているかわからなくなってしまう。だから、あまり「愛」って言葉は使いたくない。
となると、どうしても「自己実現の肥やし」とか、恨みがましく聞こえる表現にならざるをえないんですよ。

カズさんの場合は、お話をお聞きする限り、すごく理解のある親御さんでいらして、お子さんに対しても、ぜんぜん過剰な期待をしていない。

でも、もし、今日ここに奥様がいらして、私がお話を聴いたら、同じことをおっしゃるでしょうか?

カズ 「あなたは苦労していないからそんなこと言える」

って言うでしょうね。(会場笑)

ぼそっと池井多 それでは、ぜひ次回は奥さまを呼んでいただいて。(会場笑) あと、最後に一言、何かこの機会におっしゃっておきたいことはありますか?

カズ さっき、私はすごく理解があるという、過分なお言葉をいただいたのですが、決してそんな事はなくて、やっぱり、子どもがひきこもっている状況を見たら切ないし、なんとか「ひきこもりを脱してほしい」と思うんですね。

「いつになったらこの状況が終わるんだろう、暗いトンネルの出口はどこなんだろう」

と思うんですけど。
でも、トンネルの中が暗いのか、明るいのかは、親からの見え方であって、本人にとっては、むしろそこが安全基地かも知れない。

それが私も、決して理解できているわけではない。自分の価値観を押し付けていないわけではないんですけれども、なかなかそれを受け容れられないです。

なので、私自身も自分の中で本当に相矛盾した考えがあります。

ぼそっと池井多 なるほど。どうもありがとうございました。

それではカズさんにご質問ある方は、第3部の全体対論の時に出していただきたいと思います。

会場の皆さまもご清聴どうもありがとうございました。(拍手)


ひきこもりの父親 カズさんとの対話 了)

 

 

次回のご案内

第5回「ひきこもり親子 公開対論

 

日時:2019年11月3日(日・文化の日)13:30-16:00
場所:協働ステーション中央
東京都中央区日本橋小伝馬町5-1 十思スクエア2F
東京メトロ 地下鉄日比谷線「小伝馬町」駅より歩3分

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最寄駅から会場へ

主催:KHJ西東京萌の会
共催:VOSOT(チームぼそっと)
参加費:一家族あたり(何人でも)1000円
 ただし当事者(子の立場)のみの場合、無料

問い合わせ・申し込み
チームぼそっと vosot_just@yahoo.co.jp
(全角@を半角@に打ち直してご送信ください。)

 

・次回はとくに、ひきこもっている子が強迫性障害をわずらうケースの親子関係などを重点的に考えてみたいと思っております。

・活発な議論は歓迎ですが、あまりにもムチャクチャであるとスタッフが判断した場合はご退場いただくこともあります。ちなみに今までそういう例は一例もございません。

 

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