今回は、おそらく史上初の「ひきこもり×古生物」特集をお届けします。 5億年前の謎の化石から、日本が世界に誇る古代種まで、「ひきこもり目線」でベスト3を選出。時代区分をまたいだオールタイムベスト の「ひきこもり古生物」ランキングです。
(文・アートワーク 喜久井ヤシン)
序
哺乳類は、二億年以上ものあいだ巨大な外敵から逃げ回っていた弱い生き物だ。
「ひきこもり」に対して「弱い」とか「逃げている」とか言う者がいるが、一千万世紀前の先祖はさんざん逃げ回っていた。
遺伝子をはるばるとさかのぼっていくなら、人類の記憶の中には間違いなく「弱さ」が組み込まれている。
「弱い」ことも「逃げる」ことも、哺乳類の進化史に欠かせない偉大な生存因子だったはずだ。
同様に、「何もしていない」ことや「動かない」ことは問題にならない。
そこらじゅうに生えている草木が実例となっているように、生物たちは存在そのものによって証明している。
植物や一部の貝類には固着性と言われる特性があり、自らによっては「動かない」ことで何億年も生き延びてきた。
見た目のみが「何もしていない」ということは、生物のあり方の根本においてはまったく批判にあたらない。
一人の人間の内には、家族にも人類にもとどまらない生命数十億年分のDNAが秘められている。
現代の社会情勢や家庭の預金通帳に目を奪われて、視野狭窄を起こしている必要はない。
たまには生物の長い歴史のページをゆうゆうと見返し、にわかに尊大さをともなった視点で世界を見ようではないか。
というわけで、今回は「ひきこもり目線で選ぶ古生物ベスト3」だ。
筆者の独断と好みによって、絶命した生物全般を時代区分抜きで選出する。
ポイントは「ひきこもりらしさ」が感じられるかどうかのみ。
オールタイム・ベストの「ひきこもり」古生物ランキングをお届けする。
第3位「引きだし魔」対策が万全の古代ビーバー パレオカスター
はじめに登場するのは、漸新世(ぜんしんせい)後期から中新世前期に生息していた哺乳類齧歯(げっし)目ビーバー科、パレオカスターだ。
ロボットアニメに出てきそうな名前をしているが、ざっくり言えば約3000万年前のビーバーであり、見た目も完新世(今)風だ。
体長も25~30センチとペットに手頃なサイズながら、実際に飼うとしたら難しいだろう。
なぜならパレオカスターの巣穴は地下2メートルに及ぶ深さであり、らせん状なうえ水平に穴をのばした先の部屋で生活していた。
何としてでも外敵の侵入を防ごうというこの気概からすると、飼育したとしても姿を見ることが難しかっただろう。
初めてパレオカスターの巣穴が発見された時には、何が原因で地面の中にらせんが形成されたのかがわからず、「悪魔の栓抜き」という異名をとった。
暴力的支援団体による「引きだし魔」も、これだけ屈折した建造物なら入ってこれまい。
この深さとこもりっぷりは、古生物界で稀に見る「ひきこもり」の素質保有者だと思われる。
第2位「家にこもっている」のではなく個体が家そのもの ストロマトポラ
ストロマトポラは層孔虫類とされる一群で、研究上重要な岩礁生物として知られている。
未だ分類が明確でないが、サンゴのような外観をしつつも海綿の仲間であると考えられている。
このジャンル分けしがたい感じも、健康と障碍の中間(ボーダー)を連想させてポイントが高い。
画力を度外視した自筆イラストで描いているのは、オルドビス紀中期(4億年以上前)のストロマトポラで、個体の右側は断面図。
切ったバームクーヘンを極小にしたように、層が何十、何百にも折り重なることで、数センチの個体が形成される。
外見だけであればストロマトポラに類似した貝類は無数にいるのだが、個人的には丸みをおびた形状の「こもり」感は特筆すべきものだと思わる。
時として「ひきこもり」は不適切なことであるかのように言われるが、「家から出ない」ことは生物レベルの問題ではない。
フジツボなどの固着性のある生物がそうであるように、「個体が家にこもっている」のではなく、そもそも「家=個体」という生存の様式もある。
貝類に関してつけ加えておくと、哺乳類にはない寿命の長さもポイントだ。
現在確認されている中で、生物の最高齢記録は507歳のアイスランドガイだといわれている。(寿命を調査したせいで亡くなったという残念な話がある。)
500年前といえば、日本史でいうと応仁の乱を経て世は戦国時代。
そんな頃から細く長く生きのびてきたのだ。
「ひきこもりの長期化」だとか「8050問題」だとかいわれているが、数十年やそこらの期間など古生物学においては短すぎて観測対象にならない。
一部の微生物には寿命が数億年を越えるといわれるものもあり、人間一人の半生の喪失感は学問上論外だ。
ランキング1位の前に、特例で現生生物から一種だけ紹介しておこう。
番外 北極の海に生きる孤独の塊 ニシオンデンザメ
今も生きているこの現役のサメには、「生きづらさ」の観点から見ていくつもの特筆すべき点がある。
生物の最高齢はアイスランドガイだと紹介したが、二番目の記録を持つのがこのニシオンデンザメだ。
平均寿命が約200年であるとされ、約400年生きた個体が発見されている。
海水温度がマイナスになる北極の海に適応したためか、代謝が非常に遅い。
成長すると2.5~4.3メートルにもなるが、成長は一年に1センチ程度という悠長さだ。
移動時速は1キロ(赤ん坊のハイハイ程度)であり、「世界一遅い魚」の異名ももっている。
北極の海で生存するだけでも困難だが、さらに問題なのが、カイアシが眼球に寄生するため、視力を失っている個体が多いという点だ。
「ニシンデンザメ」で画像検索すると、目をかじりつづけるカイアシの写真が出てきて悲壮感がある。
凍てつく海の底で、何百年もの時を失明した状態で孤独に過ごす……これは「生きづら」すぎではないだろうか。
私がぬくぬくとユーチューブを見ているときにも、ミネラルショー(鉱物と化石の販売会)で安売りの石をあさっているときにも、このニシオンデンザメは極寒の海の中を漂っているのだ。
この圧倒的な孤独感を思えば、人類の絶望や「ひきこもり」の孤立など小さなものではないかと感じられてくる。
第1位 日本発の鬱の化身 ニッポニテス
軟体動物頭足類アンキロセラス目、直径約10センチで、海水中に浮遊していたと考えられる。
注目すべきは、世界的にも類例が見つけ難い形状のこじれっぷりだ。
アンモナイトの場合は規則正しく円が周回した巻き方をするが、ニッポニテスはヘビのおもちゃがイタズラされたような形となっている。
漢字の「鬱」という字を生き物で表したらニッポニテスになるのではないだろうか。
いったいどのような環境によってこの凹凸が生じたのかは研究途上で、不可解な形状は世界の巻き貝化石マニア垂涎の的だ。
化石が日本で出土したことからこの名がつけられており、日本古生物学会のシンボルマークでもある。
現在、日本語の「ひきこもり」は「HIKIKOMORI」として世界に輸出され、社会的な現象として認識が広まっている。
ニッポニテスが世界的に知られていったように、「HIKIKOMORI」も世界の研究者の耳目を集めていくだろう。
起源不詳のこじれ方と形状の「鬱」ぶり、そして日本発であることを鑑みて、私個人はニッポニテスを「ひきこもり古生物」の1位に推す。
後記
46億年の地球の歴史を365日に換算すれば、人類が出現したのは大晦日の最後の1時間程度のことにすぎない。
地球の誕生が1月1日の0時なら、100万年前の人類出現は12月31日の23時付近となり、つけ加えるなら近現代は23時59分以降の間でしかない。
さらにその中で現代社会の、日本の、今年を生きている、私という個体一つなど、生命の歴史においては目撃されることもない名もなき微生物程度のものだ。
世界は広く、未発見なものは無数にあり、生物も環境も想像を絶する未知に満ちている。
今回は「ひきこもり古生物」をテーマにしたが、ここで取り上げた他にも紹介が待たれる種は数多くいる。
珍妙な形態ゆえに学会発表時に笑いがおきたオパビニア、親と幼体が凧のようにつながっているアクイロニファー、塔のような目で視野が360度あったエルベノチレなど、生命の神の創造は人間の想像の域を超えている。
世間の企業では「多様性」とか「ダイバーシティ」とかとうたっているが、生物は問答無用で多種多様なものだ。
生き方のヒントを与える無尽蔵の宝庫として、古生物の世界は「ひきこもり」に、ひいては人類社会の未来に希望を与える。
参照
『小学館NEO大むかしの生物』日本古生物学会監修 小学館 2004年
稲垣栄洋『植物はなぜ動かないのか』筑摩書房 2016年
ぬまがさワタリ『図解なんかへんな生きもの』光文社 2017年
土屋健,田中源吾『カラー図解古生物たちのふしぎな世界』講談社 2017年
アーロン・オデア,ポール・D. テイラー『世界を変えた100の化石』真鍋真監修 エクスナレッジ 2018年
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文・アートワーク 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter
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