・・・第1回からのつづき
文・ぼそっと池井多
昨日の第1回にひきつづき、先週6月8日に報道された東京・江戸川区のひきこもり調査結果報告書(*1)を読んでいく。
*1. 江戸川区 令和3年度ひきこもり実態調査の結果報告書
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e042/kenko/fukushikaigo/hikikomori/r3_jittaichosa.html
男性ひきこもりの問題
約20年余り前、新潟少女監禁事件や西鉄バスジャック事件などが続発していたころ、人々は「ひきこもり」というと、陰湿で危険な独身の若い未婚男性というイメージを思い浮かべたものである。
それは明らかに「ひきこもり」の全体像を考えるには偏ったイメージであった。
そのような像が、一般の日本人が「ひきこもり」という語を使い始めたころに広まったイメージであったことから、私はそれを原型的ひきこもり像(prototypical image of hikikomori)と名づけた。
それが次第に、
「ひきこもりには陰湿で危険でない男性もいる」
「ひきこもりには女性もいる」
「ひきこもりには結婚している人もいる」
といった具合に、つぎつぎと新しい類型のひきこもりが「発掘」され、認知されていった。そのことを、私は2018年に「ひきこもり概念の拡大」という2回シリーズの記事にまとめさせていただいたことがある(*2)。
*2. 「ひきこもり概念の拡大<前篇>」
とくに近年は、今回のNHKニュースでも報道されたひきこもりUX会議の活動などで女性のひきこもり、主婦ひきこもりなどの存在が広く報道されるようになってきた。
それは、それまで認知されず、社会のなかで息をひそめて生きていた女性ひきこもりの方々にとっては良いことであったろう。
ところが、大衆とは時代の表層にたちまちすがりつくものであるから、今度は反動で、
「今やひきこもりは女性が主流」
とも言わんばかりの人々が、都市部に生活する私の周囲で増えてきてしまっている。
また、いったんひきこもりが市民に認められ始めると、女性の方が男性より生きづらさや被害体験を訴える能力に長けていて、ひきこもりとしてカミングアウトする率も高いように感じられる。
今回の江戸川区の調査結果も、またそれを報道するメディアも、必ずしもそれを意図しているわけではないのかもしれないが、そうしたイメージを助長している部分がある。
たとえば、報告書10ページにある、まとめの表。ここだけ見たら人は、
「今やひきこもりは結婚している女性が主流」
と思うのではないか。
メディアも、「女性が男性より多く」というヘッドラインを図に掲げた。
しかし数字を見れば、多いといってもわずか3%の差であり、母数がたかだか7000人余りであることを考えると、「女性が男性より多い」という事実がはたして「江戸川区のひきこもり」という現象全体の傾向を語るに足る特徴であるのかは疑わしい。
ひきこもりの男女比は、実態として自然人口における男女比である半々と同じだと予想する方が妥当だと思われる。ゆえに、「男女(女男でもよいが)ほぼ同数」といった見出しにすべきではないのか。
けれども、これらの発表や報道によって、
「ひきこもりは女性の方が多い」
と記憶する人がまた増えることだろう。
語りにくくなった「男性ひきこもりの苦しみ」
さらに、ひきこもりといえば、結婚もできず恋人もいなくて孤独に苛まれているだろうと思いきや、今回の調査結果では「配偶者・パートナーと一緒に住んでいる」という当事者が59%、つまり6割近くを示している。
独り者は、ひきこもりの中では少数派ということになる。
たしかに、女性のひきこもり当事者の方々は、私が知る範囲で思い返してみても、配偶者・パートナーのいる方が多い。かたや、私の知る男性のひきこもり当事者にはたいてい配偶者・パートナーはおらず、そのことが彼らが孤独に苛まれる大きな原因となっている。
稼ぎがないから恋人ができない。できないから自己肯定感も上がらない。上がらないから自信がない。自信がないから働けない。働けないから稼ぎがない、……といった独身男性のひきこもりに特徴的な苦しみの悪循環に陥ってしまっている方が多い。
そして、かくいう私自身も独り者の淋しさに、
「このまま老いて、孤独死して、ある日、腐って発見されるのか」
などと布団を抱きしめ身をよじっているのである。
ところが、私と周辺の人々の経験からいえば、そういう悩みを居場所のような所で口にしようものなら、昨今の風潮により、たちまち誇張や捏造を施され、性暴力に仕立て上げられ袋叩きにされる。 私はそれで昨年まで9年書いてきたブログを失った。
また私たちが性別を問わず、誰でも参加できる当事者会を開催しようとすれば、
「男女両方が参加できる会では、女性のひきこもりが参加しにくく、ホモソーシャルなコミュニティ(男子会)になってしまうから、開催するな」
という圧力がかけられる。
女子会の開催は奨励されるが、男性のひきこもりが集まったり、悩みや苦しみを語ったりするのは叩かれる、といった歪んだ「ジェンダー平等」がひきこもり界隈にも起こっている。ここまで歪むと、これはもう病んでいるのに等しいので、私はこれを「ジェンダー
ひきこもり女子会が多く開催されることは、それまで居場所に来られなかった女性ひきこもり当事者の方々に社会参加の機会を提供するもので、喜ばしいにちがいない。しかし、そこから起因して男性ひきこもり当事者が迫害されたり、肩身の狭い思いをする状態がよいとは思えない。
また恋愛や性の話題がタブー視されることは、私の知るかぎりフランスやイタリアのひきこもり界隈では起こっておらず、これは日本の特徴である。
そういう話題も語れる場をつくろうと、私はかねがね攻撃を受けながらも機会をつくらせていただいている(*6)。
*6. たとえば直近では次のオンライン対話会。
ひきこもりから無縁な「ふつうの人たち」からすれば、
「恋愛や結婚をしたいならば、まず働け。
働いてもいないのに、そんなことを望むのはぜいたくだ!
身の程を知れ!」
ということになるかもしれないが、それができないからひきこもり当事者は苦しんでいるのである。
「働かないまま結婚して専業主婦 / 夫 になってひきこもりを続ける」
という生き方もあるだろう。
しかし、現実的に今の日本ではまだ家庭のなかで「稼ぐ」という役割が女性よりも男性により多く期待されるため、「専業主フひきこもり」として生きていくのは女性より男性のほうが難しいのではないだろうか。
そういう状況は、明らかに男性ひきこもり当事者の苦しみの背景をなしていると思われる。ところが今回の江戸川区の調査結果からは、そういう問題が読み取れないようになっているのだ(*7)。
*7. もちろん「配偶者・パートナーがいないこと」は、ひきこもり特有の問題ではない。
6月14日に閣議決定された内閣府の令和4年度版男女共同参画白書によれば、20代で配偶者も恋人もいないと回答したのは女性で51.4%、男性で65.8%となっている。
◆ 令和4年度版 男女共同参画白書 概要版(内閣府)
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/gaiyou/pdf/r04_gaiyou.pdf
ただし、これは時代的な産物とも思えない。詳細なデータは手元にないが、バブル経済以前もそのような割合だったと思う。
また「配偶者・パートナーがいれば淋しいと感じないか」といえば、「やはり淋しい」という答えが、配偶者・パートナーのいるひきこもり当事者から多く返ってくるという事実もある。
「性別」×「独身」のクロス集計を
では、どうしたらよいか。
じつは、簡単な追加操作一つでそれが読み取れるようになる可能性がある。
この報告書では、随所にそれぞれの質問への回答をもとに異なるグループ間での回答傾向を浮かび上がらせるクロス集計が施されている。
たとえば「ひきこもり期間」×「現在の年齢」とか、「困りごと」×「年齢」といった具合にクロス集計されているのだ。
これに倣って、「婚姻・パートナー関係の有無」×「性別」を掛け合わせたクロス集計をしてくれればよいのである。
せっかくここまでやったのだから、この調査結果をより実の多いものにするために、江戸川区は是非もう一手間かけていただきたい。
・・・第3回(6月18日配信予定)へつづく
<プロフィール>
ぼそっと池井多 東京在住の中高年ひきこもり当事者。23歳よりひきこもり始め、「そとこもり」「うちこもり」など多様な形で断続的にひきこもり続け現在に到る。VOSOT(チームぼそっと)主宰。著書に『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(2020, 寿郎社)。
Facebook : Vosot.Ikeida / Twitter : @vosot_just / Instagram : vosot.ikeida
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● 専門家による「解説」
● 記事中に掲げた「『ひきこもり』概念の拡大」の後半
● ひきこもりの男女比について。2019年時点の対話。
● 女性 / 男性ひきこもり ならではの苦しみとは
● 7月2日開催予定