ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

親は何と言ったのか《ひきこもりからAV女優になったまりなさんとの対話 第5回》 


文・ぼそっと池井多まりな

 

この記事には性や性風俗に関わる語彙や表現が含まれます。

不快に思われる方は閲覧にご注意ください。

 

・・・第4回 からのつづき

www.hikipos.info

前回までのあらすじ

ひきこもってYouTubeばかり見ていたまりなさんは、ある時「AV女優になって人生をやり直そう」と思い立つ。知人2人には相談したものの、親には相談しなかったのだろうか。

親の反応はどうであったか

ぼそっと池井多 まりなさんはAV女優になるに際して、もう一人相談をした大学時代のお友達がいたとおっしゃっていましたね。どういう方ですか。

まりな 大学時代からの友人でリカという子です。彼女は大学1年のときから同じクラスで、仲が良くて、学生時代はいっしょに旅行に行ったりもしてました。彼女はマスコミに就職しました。その新聞社で今も活躍してると思います。

ぼそっと池井多 ご家族には相談しなかったのですか。

まりな まあ、相談というよりも報告という感じで話しました。

ぼそっと池井多 お父さまは何とおっしゃいましたか。

まりな 父は、段階的に言うことが変わっていきました。

もともと父は、私と家の中で顔を合わせるたびに、
「お前はいつまでもひきこもってるんだ」
と、うるさかったのですね。
それが、私がAV女優になりたいと言ってから、段階的に変わってきたのです。

ぼそっと池井多 どのように変わってきたのですか。

まりな はじめは、
「何をバカなことを言い始めたんだ」
という感じで、鼻先で私をあしらって、相手にもしてくれませんでした。
でも、そのうち私が本気らしいとわかると、次は火山が爆発して怒り始めたのです。
「バカなことを考えるもんじゃない! ここまで育ててやったのに、お前は人生をドブに捨てる気か」
って。

ぼそっと池井多 ああ、そのへんのお話、前にも聞かせていただきましたよね。それでまりなさんは何と言ったんでしたっけ。

まりな 「私の人生は私のもの。それに人生をドブに捨てるわけじゃない。むしろ逆。人生を切り拓くの!」
って言ってやりました。

 

「まともな結婚ができない」とはどういうことか

ぼそっと池井多 お母さまが横で聞いていらしたんでしたよね。

まりな ええ、母は、
「そんな選択をしたら、取り返しのつかないことになって一生後悔するわよ」
と言いました。
だから私は、
「この選択をしなかったら、私はこのまま一生ずっとひきこもりで、そのほうが後悔する」
って言ってやりました。

そうしたら母は、
「あなた、お嫁に行けなくなってもいいの?」
なんていうんです。

ぼそっと池井多 なるほどー。「お嫁に行けなくなる」か。
まりなさんの世代が聞くと大笑いかもしれませんが、でも、それ、お母さまの世代としてはけっこうリアルかもしれませんよ。まりなさんのご両親って、ぼくと同じくらいの年代ですよね。

まりな ええ、父はぼそっとさんより少し上かもしれませんが、母は同じくらいかと。

ぼそっと池井多 だったら、そういう結婚観や職業観を持っている方が多いのです。
私だって、もしひきこもりにならないで、日本社会の標準的な生き方を歩んできていたら、AV女優になろうという娘には、この齢でやはりそう言ったかもしれません。

まず性産業、あるいは性を媒介としなくてもヌードモデルとか裸体を公に見せる仕事に進んだら、まともな結婚ができなくなるという思い込みがあると思います。結婚は夫となる男性が妻となる女性の肉体を独占的に所有する制度だ、みたいな解釈をしている人が多いものです。だから、結婚という行為を「お嫁に行く」「嫁をもらう」と表現するのでしょう。

まりな その「まともな結婚」って何なんでしょうね。

ぼそっと池井多 何なんでしょうね。私もわかりません。少なくとも「幸せな結婚」とは違うニュアンスですよね。まりなさんは結婚はしたい方ですか。

まりな 私は今のところ結婚願望はないですね。元彼とつきあっていたころは、司法試験に受かったら結婚しようと思ってたけど、今はもうないです。でも、これから10年、20年経ったら、またどうなるかわかりません。老後を独りで過ごしたくないと思ったら、そのころ結婚するかも。

ぼそっと池井多 お母さまの「お嫁に行けなくなる」という言葉が的外れに感じたのは、今のまりなさんに結婚願望がないからでしょうか。

まりな いいえ、それだけではないですね。AV女優の先輩たちなんか見ても、引退してから結婚したい人は結婚してるし、出産もされているので、そもそもAV女優になったら結婚できないとか、風俗で働いたから出産できないとか、そういうことはないと思います。

 

「そのままひきこもってていいから」

ぼそっと池井多 お父さまは、それからどのようにいうことが変わってきたのですか。

まりな 私がAV女優になろうかと真剣に考えていることがわかってくると、父は頭ごなしに叱りつけるのでなく、だんだん哀願するようになってきました。
「ともかくそれだけはやめてくれ。そのまま気の済むまでひきこもっていてもいいから」
って。

でも、父のこの言葉で私はプチッと何かが中の方で切れたんです。

ぼそっと池井多 切れた?

まりな ええ。だって、
「いつまでもひきこもってるんじゃない。一日も早く働き始めろ」
と言ってた父が、いざ私が自分の意志で働き始めようとすると、
「やめてくれ。ずっとひきこもってていいから」
と言う。

これって、おかしくないですか。つまり、父が働き始めて欲しかったのは、父が望む仕事に対してだけであって、私が自分で選んだ人生を生きることは、父は望んでいなかったということでしょう。
父は、
「人生をドブに捨てるのか」
とか言いながら、私に人生を生きてほしいんじゃなくて、父の願望や世間体を満たす道具でいてほしいだけ。
そういうことが一気に父の言葉で明らかになったんです。

ぼそっと池井多 なるほど。

まりな 私はいつまでもひきこもってなんかいたくない。たとえ、それが父の望むことであっても、いいえ、そうであればなおさら、このままでいたくない。

それまでの私はほんとうにAV女優になるかどうか、正直言って、まだ迷っていたところがありました。でも、父のこの言葉が決定打になったんです。これで、
「ぜったいAV女優になってやる」
と思って、その夜のうちにすぐネットで事務所に面接の予約を入れました。そして、面接に行って、あとはさっき(*1)お話しした通りです。

 

*1.本シリーズ第4回参照

 

日本の親たちはどう考えるか

ぼそっと池井多 私はまりなさんのご家庭の葛藤をけっこうリアルタイムで聞かせていただいていましたね。それでお許しも出たので、私が各地で行なっている講演やワークショップで事例素材として取り上げさせていただきました。

そうしたら、面白いことに西日本と東日本では親御さんの反応が違ったんですよ。

まりな どういうふうに違ったんですか。

ぼそっと池井多 西日本で開催したときには、
「自分で決めた人生や。責任をもって進んでったらええねん」
てな感じで、まりなさんの選択を支持する親御さんが半分ぐらいでした。

でも、東日本で開催したときには、それは論外だと反対する親御さんがほとんどだったのです。

なかでも東日本では、
「私はふだんリベラルな思考の持ち主だから、これは職業差別じゃない。でも娘がAV女優になるなど論外だ」
というお父さんがいらっしゃったりして、なかなかリアルな声が聴けました。

まりな 職業差別でないのなら、何が反対の理由なのかお聞きしたいところですが、それはそうと土地柄が出るんでしょうか。西日本と東日本でそれだけ親御さんの意見が違ったというのは面白いですね。

ぼそっと池井多 ええ、興味深かったです。
もっともこれは母数も少ないし、アカデミックな調べ方ではないので、これだけで西日本と東日本の親御さんの違いなんて論じられないでしょうけど、ただ、あくまでも私の主観では、どうも日本でひきこもりを問題として持つ親御さんが築いている壁の高さは「西低東高」というか、東や北へ行くほど高くなっているような印象があります。

まりな そうなんですか。

ぼそっと池井多 まあ、わかんないですけどね。でも、もっと面白い話もあって。……

西日本でまりなさんの家庭を取り上げて、会場の意見が半々に分かれたあと、イベントが終わって主催団体のスタッフさんが私を駅まで車で送ってくれたんですけど、車中でスタッフさんがこうおっしゃるんです。

「さっき親御さんたちは、ああいう風に娘さんを支持するようなことを盛んに言ってたけど、ふだんあの親御さんたちと接している私からすると、あれはああいう場だからそう言ってるだけで、もし実際に自分の娘が言い始めたら反対すると思いますよ」
って。

まりな 西日本でも、一皮むけば東日本と同じってことですか。

ぼそっと池井多 さあ、どうなんでしょうね。
でも、現場のスタッフの意見なのでリアリティがありました。つまり、親御さんたちには、
「自分はひきこもっている子どもに理解があるリベラルな親である」
ということをああいう場で表明して認めてほしいという承認欲求が起こることがあるんじゃないでしょうか。

だから西日本も東日本も、本当はないのかもしれません。
誰か学者の先生が、何かアカデミックな方法で、本音と建前の乖離まで含めて地方による差異について調べてくれたらいいな、と思います。

 

・・・まりなさんとの対話 第6回へつづく

 

<プロフィール>

まりな AV女優。有名私立中高、一流大学を経て、大手金融機関に勤務したのち司法試験を目指すために退職。勉学中にひきこもりとなり人生を切り拓くためにAV女優へ転身する。「商品としての私と、自分を語る私はきっちり分けたい」として芸名、所属事務所、発売レーベル、出演作品などは非公表。俳優という職業はもともと性的な魅力を持つ存在であるとして「セクシー女優」という特定化を好まない。

ぼそっと池井多 中高年ひきこもり当事者。VOSOT(チームぼそっと)主宰。著書に世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(2020, 寿郎社)。

詳細情報 : https://lit.link/vosot
YouTube 街録ch ぼそっと池井多
Twitter (X) : @vosot_ikeida
Facebook
 : チームぼそっと(@team.vosot)

Instagram : vosot.ikeida

関連記事

www.hikipos.info

www.hikipos.info

www.hikipos.info

www.hikipos.info