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なぜひきこもりからAV女優になろうと思ったのか まりなさんとの対話  第4回 

写真・ぼそっと池井多

文・ぼそっと池井多まりな

 

この記事には性や性風俗に関わる語彙や表現が含まれます。

不快に思われる方は閲覧にご注意ください。

 

・・・第3回からのつづき

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前回までのあらすじ

ひきこもりになったまりなさんは、勉強部屋にひきこもりながらも勉強は手につかず、ひねもすインターネットで他の人の人生や日常を眺めて暮らしていた。そんなある日、YouTubeを見ていた彼女はとつぜん「AV女優になろう」と思い立った。……

 

ひきこもりと対極を選ぶひきこもり

まりな ああいうふうにYouTubeを見ていて、ある日私は「AV女優になろう」って思ったんです。

ぼそっと池井多 えっ?!...  それはまた突拍子もないように聞こえるんですけど(笑)

ひきこもりを脱するときに、ひきこもりとは対極の生き方を選択する人を、私は今まで何人も見てきました。たとえばブラックな職場がいやでひきこもりになった男性の当事者だったら、脱するときにまたわざわざ3Kのブラックな仕事を選んでしまうとか、…もっと極端な例では、外国の傭兵部隊に入って戦争中の国へ行こうとするとか。じつは私自身の若いころのそとこもりも、傭兵部隊には入らなかったものの、ほぼそういう類でした。
女性のひきこもりでも、これは日本人ではありませんが、ひきこもりから脱するために軍隊に入った人がいます。テルリエンヌ(*1)っていうフランス人ですけど。

まりな なんかその女性のお話はどこかで読んだ気がします。

ぼそっと池井多 ありがとうございます。ひきポスにも書いたし、『世界のひきこもり』(*2)という本にも書かせていただいたので、きっとどこかで読んでいただけたのですね。

まりなさんがひきこもりからAV女優になったというのも、形はちがうけど、なんだかテルリエンヌと似た選択をしたようにも思えるのです。つまり、AV女優って、ひきこもりとはある意味対極じゃないですか。ひきこもりは「隠す」、AV女優は「さらけ出す」という対立軸があるように思う。

でも、そういうふうに対極だからこそ、まりなさんはそういう選択をしたんじゃないか、と推測しているんですが、いかがでしょうか。

まりな その通りだと思います。

ぼそっと池井多 まりなさんはYouTubeを見ていて「AV女優になろう」と思った、とおっしゃいましたが、そこをもっと詳しく教えてください。

まりな はい。YouTubeでいろんな人の人生や日常を見ていて、AV業界ではトップクラスで活躍してるF子さんという女性がAV女優になる前のライフストーリーを語ってる動画があったんですね。そしたら、これがなかなか壮絶で。

ぼそっと池井多 どういうふうに壮絶だったのですか。

まりな 彼女は貯金もどんどん減っていくし、仕事は何をやってもうまくいかないっていうときに、泥沼から抜け出したい一心で最後のなけなしの貯金をはたいて豊胸手術を受けたのです。それも美容のための豊胸ではなくて、峰不二子(*3)とかセーラームーン(*4)みたいなマンガチックな巨乳にして。

ぼそっと池井多 申し訳ない、私はひきこもりのくせにマンガとかアニメをぜんぜん知らなくて。その藤純子(*5)とかペーパームーン(*6)というのはアニメのキャラクターか何かですか。

 

*1. テルリエンヌ 以下の記事を参照のこと。
https://www.hikipos.info/entry/Tellu_R4_Jap

*2. 『世界のひきこもり』ぼそっと池井多 著、寿郎社、2020年。
https://bit.ly/3uPQOqb

*3. 峰不二子(みね・ふじこ):架空の人物。モンキー・パンチのマンガ作品およびそれを原作とするアニメ『ルパン三世』シリーズに登場するマドンナ。
参考画像 https://illust.daysneo.com/works/fa731ce790a31ec4870b08c26ee10301.html

*4. セーラームーン:『美少女戦士セーラームーン』は、1992年2月号からアニメ制作と同時進行で原作の連載が始まった武内直子による日本のマンガ及びメディアミックス作品。
参考画像 https://columbia.jp/prod-info/COCX-36150/

*5. 藤純子(ふじ・すみこ): 日本の女性俳優。1945年生。昭和時代の映画にマドンナ役として多く出演し、現在も「富司純子」の名で老女役で出演している。
参考画像 https://conex-eco.co.jp/person-in-style/66621/

*6. ペーパームーン(paper moon)紙で作った舞台装置としての三日月のこと。昔アメリカではそこに恋人たちが腰かけて記念写真を撮るのが流行した時代がある。転じて偽物、はかない物の意味。

 

まりな そうです(笑)。コスプレイヤーたちに人気があるキャラクターで胸がスイカみたいにでかいのです。

ぼそっと池井多 なぜ彼女は手術を受けて、そんな不自然な身体にしたのでしょう。

まりな だから、それがAV女優になるためだったんですよ。私はめっちゃショックでした。AV女優になるっていうだけでもショックなのに、そのために最後の自己投資で豊胸するってどうよと思って。

ぼそっと池井多 まりなさんは金融のプロだったから、投資だったら株とか外貨とかファンドを買えばいいのに、って思ったということですか?(笑)

まりな いえいえ(笑)。さすがにそうは思わなかったけど、せめて何かの講習に通って資格を取るとか、そういうものが自己投資だと思ってましたね。
でも、最後のお金で豊胸する。それも病気の治療でやむをえず自分の身体にメスを入れるんじゃなくて、AV女優になって生き延びるために…。
乳房って、女性にとってアイデンティティになりうるくらい大事な所じゃないですか。その生き方のギリギリ感というか、生きるために自分が持ってるすべてを投じる姿に私は感銘を受けたのです。「生きる」って本当はこういうことなんじゃないか、と10歳ぐらい年下の彼女に教えられた思いでした。

 

「性的に消費される」という選択

ぼそっと池井多 うーん、こわい言葉ですね。
「生きるために、はたして自分が持ってるすべてを投じているか」
「全力で勝負して生きているか」
と自問すると、私もまったく自信がありません。
ただ、全力で生きないという生き方があってもいいように思いますが…。

まりな それはもちろん。

ぼそっと池井多 それから、まりなさんが受けたショックというのは、身体性に基づいた、かなり「女性的な」話であるように思えました。まりなさんが打ちのめされた感覚について、男性の私にもわかるようにもう少し語っていただけませんか。

まりな そうですね……、よく俳優さんで映画の役作りのために頭をスキンヘッドにしたり、体重を増やしたり減らしたりする人がいるじゃないですか。私なんか、ああいうのを聞いただけでも「すごいな」と思うのに、豊胸、それも自然な感じで豊かにするのではなく、マンガチックに大きくするってそれの比じゃないですよね。髪の毛ならまた生えてくるし、体重も時間をかければまた戻る。でもそんな豊胸はたぶん元へ戻らないでしょう。へたに戻したらしぼんだ風船みたいにシワシワになってしまうかも。

ぼそっと池井多 一種のタトゥーですね。

まりな そう。あとでレーザーで消しても痕跡が残る、みたいな。

ぼそっと池井多 なるほど、それはまりなさんご自身も「自分を変えたい」と思っていたから、彼女の先例がまりなさんのレセプターにピッタリあてはまったのでしょうか。

まりな そうなんです。私も「人生変えたい!」と思っていました。人生を180度変えなくちゃ、って。
そうしないと、このまま一生ひきこもり喪女で死んでいく。どこかに爆弾しかけて突破口を作らないと、どこにも抜け出せない。出口がない。いまどきの言い方だと「人生詰んでる」。

ぼそっと池井多 それで「AV女優になる」という爆弾をしかけた、と。

まりな そうです。

ぼそっと池井多 よく「AV業界や性風俗業界は、男性に性的消費されている業界だ」みたいに言われることがありますよね。
そういう決心をすると自分が男性に性的消費されるようになる、とは考えませんでしたか。つまり、「AV女優になる」という爆弾をしかけると、それが爆発して自分が吹き飛ばされてしまうとは考えませんでしたか。

まりな え? べつにいいんじゃないでしょうか。性的に消費されたいからAV女優になるんじゃないんですか。
AVを見るのは男性だけではなくて、女性のユーザーの方もいるので、「男性に」と限った話ではないと思いますが、性的に消費してくだされば、それだけ私もうれしいです。
それに爆弾って、自分が吹き飛ばされない所に仕掛けるものでしょう(笑)。

 

誰かに相談したか

ぼそっと池井多 人間、一人で決断して実行するというのはなかなか難しいことだと思います。まりなさんはこの件を誰かに相談しましたか。

まりな 昔の友だちたちとは、ひきこもって関係が切れてしまっていたので、相談できる人はほとんどいませんでした。でも、お二人に相談しました。一人は大学時代からの親友で、もう一人がぼそっとさんだったのです。

ぼそっと池井多 なんとまあ、そんな貴重な二人枠に私ごときを入れていただいて光栄でございます。あまりお役に立てなかったと思いますが。

まりな いえいえ、とても参考になりました。お忙しいところたっぷりとお時間を割いて相談に乗っていただいて、ほんとにありがとうございました。

ぼそっと池井多 いえいえ、あれは私が「日本酒のお店につきあってくれますか」といったら、まりなさんがOKしてくれたので、私としては喜んで行ったんですよ。(笑)

まりな 私はあまり飲んだことなかったので、ぼそっとさんの日本酒レクチャーも勉強になりましたよ。それで、私の相談へのぼそっとさんの答えは「やったら」「やめといたら」という二択じゃなくて、いろんな話をしてくれたので、私もいろいろな角度から考えを深めるのに良かったのです。

ぼそっと池井多 私はお酒を楽しみながらあれこれ雑談させていただいただけなんですが、そう捉えていただいてほんとに恐れ入ります。
私は自分がAV女優になろうかどうしようかと悩んだ経験がないので(笑)、あのときはその話題のかわりに私が強迫性障害を抜け出したときの話をさせていただいたのでしたね。

まりな そう、そう。私は初め、ぼそっとさんがなんであんな話を始めたのか、わかりませんでした。でも、聞いているうちにだんだんわかってきました。
強迫性障害を卒業するときに、ぼそっとさんは私と同じくらい人生にどん詰まり感があって「人生変えたい」と強く思っていた、と。そして強迫を治すことは、私がこの仕事を始めるのと同じくらい、それまでの価値観を変えることだった。……そういう意味だったんじゃないでしょうか。

ぼそっと池井多 そうです。さすが、よくわかってくださってありがとうございます。
強迫から脱却するには、「清水きよみずの舞台から飛び降りる」くらいの覚悟と勇気が必要でした。でも、それを実行すると人生は格段に生きやすくなりました。私の場合は前より後の方が8倍生きやすくなったのです。

まりな なんで8倍なんですか。

ぼそっと池井多 たとえば「10倍」というと、なんだか誇張だと思うからです。強迫が治っても、人生にはいろいろ生きづらいことはある。「10倍も楽になった」とはちょっと言えない。でも、はるかに生きやすくなりました。その実感レートが私の場合、8倍なのです。

まりな ずいぶん主観的な数字なんですね(笑)。でも、もしかしたら私もそんな感じかな。

ぼそっと池井多 まりなさんの場合は、けっして強迫性障害のような病気ではなかったでしょう。でも、清水の舞台から飛び降りるかどうか悩んでるように見えたから、あの夜はああいう話をさせていただいたのです。

まりな ええ、悩んでました。私もある意味、ほんとうに強迫性障害だったのかもしれない…

ぼそっと池井多 強迫というのは、「バカバカしい、こんなことやりたくない」ということをやらずにいられない状態ですから、軽重を問わなければ、精神的に健康とされている人たちもじつは生活の中でよくやっているのです。
でも、日常に溶けこんだ強迫はふつう「症状」とは呼ばれず、現象として注目されることさえありません。けれど、それが高じて日常生活に支障をきたすようになると、それらは強迫症状と呼ばれます。

まりな 私の場合は「何か仕事をするなら頭脳系の仕事じゃなくちゃいけない」と思い込んでいたかもしれません。以前の私は身体というものをバカにして生きていた感じがします。
女性というのは、やはり男性よりも身体性を意識せざるを得ないと思うんですよ。とくに生理痛で毎月、仕事の足をひっぱられる女性なんかそうでしょうね。そういうときには自分の身体性と「戦う」といった意識が出てきてしまうものだと思います。私が身体というものをバカにしていたのも、そういう所から来ているのかも。
……そういう思い込みは強迫ではなかったでしょうか。

ぼそっと池井多 なるほど、その場合は「強迫的だった」とは言えるかもしれませんが、「強迫症状だった」とまでは言わないのではないでしょうか。「強迫症状だった」とすれば、それは病気ということになってしまうし、そうやってなんでもかんでも精神疾患にして、精神医療界をもうけさせるつもりは、私にはないのです。(笑)

ただ、こういう視点から考えることはできます。……
強迫を脱却するにあたって、私は自分にセルフ精神分析を施し、セルフ暴露療法をおこなったことになります。まりなさんもAV女優になるにあたって、ある意味セルフ精神分析を施し、セルフ暴露療法を実行したのではないでしょうか。

 

「もう後戻りはできない」という瞬間

まりな ぼそっとさんは何を精神分析して、何を暴露したのでしょうか。

ぼそっと池井多 私はやはり自分の本心を暴露したのでしょうね。

まあ、あの夜もお話ししたように、私は幼い頃から、虐待する母親を憎んでいました。「死んでほしい」と願うくらい憎んでいたのです。
ところが、世間では「実の母親が憎いわけがない」「息子には母親問題は生じない」などということになっていたから、それらすべてに抗って自分のほんとうの感情を認めてあげることができず、ずっと否認して生きてきました。その無理が、強迫症状というかたちで生活の表面に出ていたのです。

それに母親は何かというと、
「言うことを聞かないんだったら、お母さん、死んでやるからね」
と幼い私を脅迫しました。同じキョウハクでも、こちらは脅かす方の脅迫ですね。

まりな …… ……。

ぼそっと池井多 そのたびに私は震え上がりました。
「お前はお母さんがいなければ何一つできないんだから。もう生きていくこともできないんだから」
と母親に教えられていたので、それを信じてしまっていて、
「お母さまが死んでしまったら、ぼくはもう生きていけない。だからお母さんが死んでしまわないように、ぼくは何でもお母さまの言うとおりにしなければならない」
と思い込み、その思考回路が幼少期から私のなかに定着してしまっていたのです。
このことも、母親に死んでほしいと願っている私のほんとうの気持ちが表に出てくるのを妨げていました。

まりな それでぼそっとさんの場合は、思春期も青年期も終わっちゃったわけですね。

ぼそっと池井多 そうなんです。20代のそとこもりの最中も強迫には苦しめられていました。

日本に帰ってきて、33歳から37歳にかけてのガチこもりの時期に、私はフロイトを読んで、フロイトの精神分析の考え方を頭にインストールして、自分の精神構造を分析していきました。そして心の奥底に封じこめてきた願望、すなわち虐待者の死を願う気持ちを、じっさいに言葉に出して発してみることにしたのです。
同じ気持ちでも、ただ心で思っているだけにしておくのと、言語化して外に出すのでは、大きな違いがありますからね。外に出したもの、つまり外在化されたものは、もう引っ込めることができません。すでに一つの事実としてこの世界を構成している要素になっていますからね。

ここで私は、母親のフルネームを口に出して「死ね、(母の本名)!」と叫んでみたのです。
この一瞬によって私の世界は裏返しになりました。この叫び声が私の「暴露」であったといえるでしょう。

私は戦慄しました。「こんなこと、言っちゃって大丈夫か」と恐れおののいたのです。でも、同時にそれまで囚われていたくびきから解き放たれて、自由になっていくのを感じました。これで私の人生を縛っていたすべての強迫症状が消えていきました。

まりな あの夜も聞いたと思いますが、何度聞いても興味深いお話ですね。

ぼそっと池井多 この会話が記事になったときの読者の皆さんたちを意識して、あえてまた同じことを話しているんですよ(笑)。

 

「脱ぐ」を哲学する

まりな じゃあ、私は何を精神分析して、何を暴露したのでしょうか。

ぼそっと池井多 まあ、私から拝見するに、「仕事をするなら頭脳系」と自己制限していた自分の奥底には何があるのかを分析して、暴露したのは身体に表徴される精神だった、ということではないでしょうか。

まりな 身体を暴露、というのは、つまり服を脱いだということでしょうか。

ぼそっと池井多 うーん、そこに直結させては問題かもしれませんが、少なくとも現象面ではそういうことになるでしょう。だって、あなたは、それまではおおぜいの男性の前で裸になることなど絶対なかったでしょう? もっとも撮影のスタッフさんのなかには女性もいるでしょうけど。

まりな そうですね。中学や高校の修学旅行のときに皆でお風呂に入りましたけど、女子高でしたし、男性には身体は見せてません!(笑)

ぼそっと池井多 それに修学旅行は、クラスメイトたちもみんな裸体でいっしょにお風呂入ってるわけですから、あなたが裸体であることが対象化されないはずです。ところがAVの撮影というのは、みんな服を着ているのにあなただけが裸体になり、まさにあなたの裸体を対象化するために製作費をかけてしつらえた空間ですからね。そこであなたは裸体として、一方的に多くの他者の視線に射抜かれたことでしょう。

まりな そういえば、私はいったいどの瞬間からAV女優になったのかと考えると、試し撮りのときに初めておおぜいのスタッフさんたちの前で下着も取って、全裸になったんですよ、あの時からだと思うんです。
さっきぼそっとさんが「死ね、(母の本名)!」と叫んだ瞬間から人生が変わったとおっしゃっていましたけど、それに当たるのがあの瞬間だったように思います。

ぼそっと池井多 それはすごく的を射た比較ですね。私もそうだと思います。下着も脱いだ瞬間、まりなさんはこわかったですか。

まりな こわかったです。泣きたくなりました。でも、なんかうれしいというか、ゾクゾクする感覚もあったんですよね。そのゾクゾク感には興奮もあれば期待も交じっている。さっきのぼそっとさんの言葉でいえば、「世界が裏返しになった」瞬間でした。そして、あのあと自由になっていったんだと思います。


丸裸にされた精神

ぼそっと池井多 なるほど。肉体であろうと精神であろうと、ずっとそれまで封じこめてきたものを暴露するというのは、天地がひっくり返る革命的な瞬間ですよね。私にとっても「死ね、(母の本名)!」と言葉に出して叫ぶことは、幼いころからずっと隠してきた私の精神が丸裸にされた瞬間だったのです。

まりな さっき、外在化されたものはもう引っ込められないっておっしゃってましたが、私もあのとき同じようなことを考えました。おおぜいの人の前で裸になったという事実はもう取り返しがつかないんだ。後戻りはできないんだ、と。

ぼそっと池井多 おお。

まりな AV作品は、いまでは女優が希望すれば回収したりできることになっていますけど、だからといって現実問題として裸の画像が世界から消えて元に戻ることはないと思います。市場に流通しなくなっても、ファンの人が自分の本棚にDVDを秘蔵しているだろうし、闇サイトでストリームされてるかもしれない。もう女優の裸体は「この世界を構成している要素になっ」てしまっている。いったんリリースしてしまった裸はけっしてリリースする前には戻せないのです。

ぼそっと池井多 デジタル・タトゥーと呼ばれますね。

まりな そう、デジタル・タトゥー。だからあの瞬間、私も「ここで脱いだら、もう元へは戻れない」と思いました。でも、だからこそ、これで今までの人生を捨てて、新しい人生を始める梃子てこにできるかも、とも。

ぼそっと池井多 すごいですね。さきほどの「性的消費」という語を用いれば、私がじつは母に死んでほしいという禁じられた願望に気づいたように、あなたは「性的消費されたい」というあなたの願望に気づいて「世界を裏返しにした」瞬間だったということでしょうか。

まりな そうですね、そういうことだと思います。

ぼそっと池井多 いやあ、えらいなあ。ほんと、えらい。私なんか、あなたの足元にも及ばないですよ。
同じような革命的な瞬間を通過しても、まずあなたはそれを機会にひきこもりを脱して、裸体を世界にさらしてちゃんと働いてお金を稼ぎはじめ、いっぽう私は強迫を脱しても、相変わらず働かず、お金を稼いでいない。あなたを前にすると、私のクズさ加減がいよいよ浮き彫りになります。

まりな いえいえ、そんな……。

ぼそっと池井多 それに私のような人は、たとえ強迫を治しても、傍目にはどこも変わっていないように見える。それだけに前と後でも他者からの評価は変わりません。
ところが、あなたの場合は他人から見ても一目で人生が変わったとわかる。前と後では他者からの評価が決定的に変わるでしょう。日本社会では性に関する職業への偏見はいまだ根強いものがありますから、侮蔑的なことをいう人もいるでしょうし、逆にあなたを尊敬して地べたにひれ伏す人も出てきたんじゃないかな。私なんかは後者ですけどね。
私は強迫を自分で治したことをひそかに誇りに思っていましたが、まりなさんには遠く及ばないような気がするなあ。

まりな いえいえ。私はいまの仕事に誇りを持ってますが、ぼそっとさんにそこまで言われると、ちょっとどういう顔して座ってればいいのかわからなくなります(笑)。

ぼそっと池井多 ところで、AV女優になるに際して、もう一人相談をした大学時代のお友達がいたとおっしゃっていましたね。どういう方ですか。そしてその方はあなたに何と言いましたか。

 

・・・第5回へつづく

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<インタビュワー>

ぼそっと池井多 中高年ひきこもり当事者。VOSOT(チームぼそっと)主宰。著書に世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(2020, 寿郎社)。

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